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2019年4月15日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒2

昼からビールを呑み、うららかな春の日差しを浴びて微睡んでいる内に興津に着く。愛想のない合理一辺倒の駅舎がJR東海らしくて可笑しい。
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駅から南へ少し行ったところを走る東海道は整備されていて、昔日の面影は少ない。
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ただ目当ての水口屋址は塀が高く聳えていて、わずかに往時を偲ばせる。今はギャラリーとして縁の品々を展示しているが、流石皇室も宿泊するだけあって抱一や探幽の掛け軸があり、明治の顕官達の揮毫も数多ある。岩倉具視の書は素人でも達筆であることが感ぜられた。

阿房列車で宿の名を挙げるほど気に入りだった内田百閒のものもあるだろうとずっと探索したが縁の著名人にもその名はなく、偏屈な性格を忌み嫌われていたのか、全く形跡が残っていない。山の上ホテルが檀一雄の名を避けるのに似たようなことなのだろう。泉下の先生も「止むを得ないものは止むを得ない」としかめっ面でぼやいているやも知れぬ。
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さらに西に進んで西園寺公望終の棲家である坐漁荘も覗いてみる。百鬼園先生は何の感興も催さないと書いているが、名勝清見潟が埋め立てられた今となっては、猶更その感が強い。
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元々の建物は明治村に移築されて重要文化財に指定され、そこはよく考えたもので眼前に水景を臨める立地にしている。だから往時を偲ぶには犬山まで行かないといけない。まとまりのない中学生の自由研究のような資料展示にも些か気が引けてしまい、早々に辞去する。

帰りがけに揚げはんぺんが有名だという魚屋に寄ったら売切と不運が重なる。それでも最後の目的地、家康が人質時代を過ごした清見寺には立ち寄ってみる。
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門前を東海道線が横切っていることで有名な寺だが、全く人の気配がせず少し気味が悪かったので、庭をぐるりとしただけで帰ることにする。なお、柑橘類の名に「清見」とあるのはこの地に由来するとのことだった。

興津の街は御多分に漏れず閑散としているが、それでも街道筋に1軒、駅前に2軒和菓子屋があったので、その名も名物家で練り切りを買って帰る。数種あるとのことだったが、この日は桜しかなく少し寂しい。太陽の光が燦燦と降る土地柄だから発色が強い。造りはごくごく一般的なものだった。
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不完全燃焼のまま興津を後にし、百鬼園先生宜しくスイッチバックして新蒲原へ向かおうとしたところ、構内放送で「沿線火災によりダイヤが乱れ遅れが出ている」と流れてきた。こちらとは違って燃えるとこでは燃えているようだ。ここまでなんとか事故の類は逃れてきていたが、最後になって捕まってしまったかと諦め気分でホームに降りたら、すぐに列車が来て吃驚する。しかも朝夕並みに混雑していたのでより驚かされる。

遅れで各駅に溜まっていた客をたっぷり孕んだ列車は10分ほど行くと新蒲原に着いた。
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ここにある御殿山は桜山として知られているとのことで、時間つぶし方々花見をしようと思う。

誘導看板はあるものの、人通りはなく不安な気持ちのまま5-6分ほど行くと麓の神社に着く。
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そこには桜祭りの準備をする人が大勢集まっていて、その頭上にはほぼ満開を迎えた桜が咲き誇っていて安堵した。
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裏山を登っていくと海と街と桜が見えてなかなかの景色だったが、相当の難路だったので名物の吊り橋に行くことは断念して、途中の腰掛で済ます。誰も居らず閑静で、そよそよと風が吹き、木漏れ日も心地よく、まったく気持ちのいい春の日だ。この一瞬を求めて先月来、彼方此方を彷徨ってきたような気にもなる。
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長居すると桜の精に取り込まれてしまいそうだったので、下山して駅前まで戻る。ホームから拡声器の案内が漏れてきて、まだ列車の遅れは続いているらしかった。

2019年4月12日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒(1)

今春の旅も愈々千穐楽。どこが相応しいか検討を重ねた結果、矢張東海道にしようと決めた。これまで素通りしてきた街道沿いに残る別荘建築の見物方々、百鬼園先生ゆかりの興津水口屋へ足を運び、時期を迎えた桜を愛でてから初鰹と静岡銘酒を存分に堪能しようと思う。

川崎駅に予定より早く着いたら、一本前の大船行に間に合ったので乗り込むと、残る停車駅は横浜と戸塚だけだから乗客も少なくいきなり座っていくことが出来た。これは幸先がいい。大船で乗り換え、国府津過ぎでは秀麗な富士も見え、朝から随分気分がいい。
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小田原で降りて乗り換えの箱根登山鉄道には少し時間があるので、駅前の守屋パンへ行って昼食と土産を買う。流石に行列はなかったが、先頭の三十がらみの男が一々パンの特徴を店員に聞き、逡巡しきりで渋滞は発生していた。その後彼はコッペパンを選んだが、そこに塗るペーストの種類を一々聞き出し始め、ついに店員に愛想を尽かされていた。日本の将来は矢張昏いような気がする。
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↑初めて購入したフランスパン。あんパンの外側をたっぷり食べたかった宿願が叶う。

パンを買い込み乗り込んだ登山鉄道は最早日本人は皆無で隔世の感がある。一駅先の箱根板橋で降りて目的地である「老欅荘」へ向かう途上、旧街道に出てこれも有名な「内野家住宅」に遭遇する。
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運営を担っていたまちなみ保存会から「この3月末をもって一般公開は終了した」との掲示があり、ここにも日本の足腰の弱まりを見た思いがする。

そこから細い路地を少し上ると老欅荘が見えた。門前の桜は今が盛り。
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ここを建てた松永耳庵は父が勤めていた会社の開創の人であるから、所縁がない訳でもない。近代三茶人の一人ということでさぞ所蔵の逸品が展示されているのかと思ったが、展示室に茶道具や掛け軸は少なく、またこれというものも無くて少し肩透かしを喰らう。後で調べたら大半のものは東京国立博物館に寄贈してしまったらしい。

その裏手の小山に登っていくと、名前の由来となった大欅が出迎えてくれ、更に行くと住み暮らした庵が静かに建っていた。
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入って右奥の茶室の向こうには桜が咲いていて、風が強かったから吹雪となって広間前の庭に降り積もり、なかなかの風情があった。この茶室を次の間から端坐して眺めると、薄明が差し込む様子が殊に美しく、日本家屋の神髄にわずかに触れた思いがした。

各部屋にはきちんと野花が活けてあって感心したが、池の畔のもう一つの茶室で熱心に作業してる係の方が「私が活けているんです」という。随分熱心に再訪を勧誘されたし、月に一度土曜日には気軽な茶会が開かれるというから次は時間を取って訪問することに決めた。
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ここから東へ行くと、稀代の別荘偏執狂である山縣有朋の「古稀庵」があり、その裏手に腹心清浦圭吾の別荘があるというので、tweedeesマニアとしては足を運ばざるを得ない。(なお、大森山王にある「清浦坂」は訪問済み)
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↑途中竹林と竹垣が綺麗な細道を行く。

今は個人の御宅となっていて、公開日時は限定されているからそれに合わせて行ったつもりだったが、どうも庭仕事が入るようで公開されないようだったので、ここは次回にと踏ん切りをつけて駅に向かうことにする。
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↑古稀庵の門のみ写真に収める。

小田原駅まで戻ると想定よりも随分時間が余った。昼は守屋のパンと思っていたが、前から気になる「日栄楼」へ行って軽く餃子とビールで時間を潰すことにした。
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古びた扉を開けると店主らしき老爺がテーブルに陣取ってテレビを眺め、「どうぞ」と声をかけてきた。その卓には雑然と新聞や調味料が置かれ、うずたかく南瓜煮が積まれた鉢もあり、それを肴に飲み始めているように見える。
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やや荒れた雰囲気に大丈夫かなと恐れて待っていると、席の後ろからジュウジュウ焼ける音がする。なぜか餃子は厨房ではなく、入口横の狭いスペースで作られる仕様になっていた。待つことしばし、想定とはかけ離れた棒餃子が来た。
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こういう古くからの店が、流行りものに手を出して成功した験しはない。失意に暮れて一口食べると「シャクッ」と何とも軽い歯ざわりで餃子の皮が砕け散ると同時に香ばしさが鼻腔をくすぐる。そうして餡からはにんにくの風味が漂って、食い気を荒々しく刺激してくる。ハードルが下がっていたからか、これが抜群に旨い。こういう油で揚げる感じの餃子、例えば宇都宮餃子などは苦手な類のものなのだが、ここのものは別次元の軽やかさですいすいと胃の腑に消えていく。これは思わぬ出会いとなり、甚く満足して店を後にする。小田原市民におかれては、是非当店に足繁く通ってこの隠れた名物を墨守していただきたい。

気分も良くなって、二年前には蕾しか見られなかった城の堀端の桜を見に行くと、今日は通り抜けのようになっていて大変結構な景色になっていた。想定外の大収穫に満足して小田原を後にした。
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2019年4月 6日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(下)

凡そ九年振りとなるヘレナ国際乗馬クラブは併設されたゴルフコース共々偉容を保っていて安堵する。間に大震災が挟まっていることを感じさせず、よく整備された施設も記憶のままの姿だった。
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厩舎に囲まれた角馬場で乗馬の装備をつけてしばし待つと、のっそりと彼が現れた。
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齢15歳となり随分老いただろうなと思っていたが肉付きも毛並みも上々で、それだけで倶楽部の方々に頭を下げたくなるくらいだった。早々に跨るとサラブレッドだけあってかなり高い。
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それでもお行儀の良さでは名高い彼だけに、途中イヤイヤをすることもなく、安心して騎乗した。体験乗馬は係の方が付き添ってくれるので、騎乗中ミストラルクルーズの話を色々と教えてくれる。曰く「利口な馬なので幼稚園児も乗せてるぐらいです」「年に1度、地元のお祭りの流鏑馬にもご指名がかかって参加してます」「倶楽部のパンフレットやCMにも出演して1番人気の馬です」「今でも出資されていた方が誕生日にリンゴや人参を送ってくださります。」「調教師の方も一度会いに来られました。」「騎乗が出来なくなっても功労馬としてずっとこちらでお世話すると思います。」「近況は倶楽部のブログで見られます」等々
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競走馬としては闘争心が少なく、主戦の藤田騎手に”ペットみたいな馬”と言わしめた素直な気性が乗馬としては有利に働いて、ここで皆に愛される日々を送っているというから何が幸いするか判らない。騎乗後首を撫でて「ホント、良かったな」と声をかけたらパーカーの袖に顔を擦りつけてきて、皆に愛される片鱗を見た思いがする。
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心根の優しい鈴木康弘調教師のご配慮と毎日欠かさず世話をして下さる倶楽部の方々にただただ感謝するばかりである。今度は遠乗りで一緒に海岸を歩こうと心に決めて倶楽部を後にする。(倶楽部のブログで彼が取り上げられた記事はこちらこち、さらにこちらなど)

植田駅近くにもなかなかの喫茶店があるようなので、愛馬に再会した興奮を鎮めようと足を運ぶ。エリーヤはいつかどこかで見かけたような外観で、中に入ると古びてはいるもののよく手入れされて整然としているから、空気の淀みは感じない。
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一隅に席を得て、やっぱりここはクリームソーダだろうと注文する。お手製なのだろうか、布で作られたコースターがほのぼの感を醸し出す。少し暑いくらいの陽気になったから、独特の甘みときりっとした炭酸が喉に心地いい。
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後から来た親子連れも頼んでいたが、楽しげに話ながら緑色の液体を吸う姿を眺めるのはなんだかちょっといい。あんまりそうしていると訝しがられるので、溶けかけのアイスをかきこんで店を後にする。

近くに和菓子屋らしき店構えを見かけていたので行ってみるとやっぱりそうだったので、土産を買うべく中へ入る。ここ高月堂で驚かされたのはその値段の安さ。桜餅120円も見事だが、黄身しぐれが80円というのには驚かされた。桜餅は道明寺粉ではなくぼた餅のようにうるち米を半搗きしたものだったが、その鄙びた感じがかえって実直でよく、実際程よいむっちり感で美味しい。特筆すべきは桜葉の薫りで、箱を開けると鼻腔にふわりと春の香りが広がって実に良かった。
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黄身しぐれもほこほことした外としっくりした中のバランスが良く、甘さも調子が整っていて美味しいものだった。
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目について購入した「茶通」は焼いて香ばしさを増した茶葉がしっかりアクセントになっていて、なるほどこれは工夫したのものだなと感心した。
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おまけとして御煎餅もつけてくれるし、安いし旨いし心づくしでとてもいい店だった。

もう少しだけ時間があったので、五浦の方まで行ってみる。釣り方々鮟鱇を食べに行くことを企図した平潟港に寄ると、なかなか風光明媚で目当ての宿「砥上屋」は港の目の前という好立地だった。乗馬とうまく組み合わせて泊まるのも悪くない。
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もう少し行くと五浦で、早咲きの山桜と土筆が迎えてくれた。
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今日再びの太平洋はやはり雄渾で、胸がすく思いがする。
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そろそろ時間が来たので勿来に戻って車を返し、ホームに入ると西日に照らされて茜さす時間になっていた。
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列車はほぼ無人のまま進んだが途中そばかすがチャーミングな女子二人組が前に座り、しばらく行った駅から私服生活が始まったばかりらしい男子三人組が一席空けて並んで座り、時折話しかけながらぎこちなく過ごしている。そう、その一席分が遠いんだよなと思う。

勝田を過ぎて水戸に入る手前では見事な夕陽が現れてしばし見蕩れる。
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常磐線のいいところは幹線道路が並走していないので、日が暮れるときちんと夜の闇が降り積もるところにある。遠い山の稜線や雑木林の木々の枝が影絵のようにくっきりと姿を現して、それはそれで静かな美しさがある。
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あたかも車窓が藤城清治の世界になったかのようで、夢幻の闇を進んでいく感じが味わえていい。ある駅など、突然人の足がにゅっと現れて、闇の深さが偲ばれた。都内にいるとなかなか味わえない風景であって、次に訪れる際にも帰りは宵の口にしようと思っている内に品川に着いた。
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2019年4月 5日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(上)

4月になり、そろそろ北に向かうのも苦にはならなくなっていたので、兼ねてから切望していた愛馬ミストラルクルーズに騎乗するべくいわきまで出掛けた。

今は常磐線の始発が品川から出るようになったので、それに乗っていくことにした。
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朝早くの下りとあって客はまばらで易々ボックス席を占有し、窓の外を眺めているとワルツのような発車音が鳴る。それに合わせるかのように向うのホームをトコトコトコと駆けては止まるハクセキレイが舞踏しているように見えて可笑しかった。品川駅を出てすぐ、7-8本ほど線路を横断して品川東京ラインに入る様子はなかなかの壮観で、鳥のワルツといい朝から随分楽しませてくれる。

やがて上野を過ぎ、スカイツリーを遠望しているとゴーン被告が再収監される小菅の監獄が見え、その辺りから速度がまして常磐線快速らしくなった。
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取手あたりまでは住宅街もあるが、そこを過ぎると黒土の畑が目立つ。土浦辺りではそこに泥沼が点在するようになり、どうやらそれは蓮根畑のようだった。ここまでくると、瓦が土に戻る手前まで風化している文化住宅がぽつぽつ見えたりして、平成が終わるというのにまだ昭和の名残を留めているその姿に寂びの風情を感じる。一転、崖に沿ってまで住宅地が開かれている景色が見えてきたら、ひとまずの目的地日立に着いた。
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改札を出て右に折れると人だかりができていて、果たしてそこが名高い展望待合だった。到着時にはアジア系の観光客がどさどさ来ていて、普通話にカントニーズ、タイ語に茨城弁と雑多な言葉が飛び交っていて、啄木時代の上野駅にでも来た感があった。
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直に人が退けて一人ゆったりと眺める時が来ると、眼前に淡瑠璃色の空と群青の海があるのみで、双色だけの世界にとっぷり浸って揺蕩う。
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ここは左右もガラス張りで遠望でき、だから海が180度以上広がっていて水平線にぐるりと囲まれているようにも感じる。古代の人々が地球は丼のようになっていて、海の涯からは水が滝のように落ちていると考えていた図を見たことがあるが、その感覚が初めて判った気がする。

反対口に出ると工業都市らしくタービンの羽根がロータリーに鎮座まします。
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駅舎のデザインは地元出身の妹島和世が手掛けたというが、長年住んだものだけが作りうる美麗な駅舎でただただ感服させられた。

さらに北上して茨城を抜け、福島最初の駅である勿来で下車し、駅前でレンタカーを借りて愛馬が繫養されているヘレナ国際乗馬クラブを目指す。
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しかし約束の時間にはまだ早いので、駅近くの駐車場で持参したサンドイッチで腹ごしらえをしてから、時間つぶしに幹線道路沿いの喫茶店「シルビア」に入って小休止。
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昼時だったからランチをしに近隣のシニアがぽつぽつとやってきて、娘の愚痴や昨日の強風や先日行った温泉の話などをマダムと楽しげに話す。どなたも正調福島弁でいささかぶっきらぼうに聞こえるが、マダムがうまく話しの穂をついでは頷いて受け止めていて、率直で優しい世界が展開していた。
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一見のこちらはうまく放っておいてくれたし、この時世にこの地で店を切り盛りしているのだから、接遇は練達のものがある。ここも平成の30年間はなかったかのような佇まいで、ひととき時間旅行できたのは勿怪の幸い。そろそろいい時間になったので、乗馬クラブを目指すことにした。
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2019年4月 1日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(下)

宇都宮から東北本線をさらに北上して黒磯まで行った。遠く那須山系はまだ冠雪していて、東京は桜が満開間近という時節、この辺りではまだ梅が満開だった。凡そ二週間ほど季節が戻ったような具合で、なんだか少し得した気にもなる。

駅近くのカワッタ家でレンタサイクル(100円!)を借りて東へ2㎞ほど行ったところにある「皆幸乃湯」へ行くと、入口に救急車が止まっていたが、よくあることのようで従業員も大広間で寛ぐ客も落ち着いたものだった。
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ここの湯はPH値が高く、トロトロまではいかないが肌がツルッキュツルッキュして気持ちいい。露天風呂には石垣があり、その隙間から松が生え、その向こうには竹林と梅・桜の木があり、季節季節の景色を愛でながら入れる趣向になっていて好ましい。打たせ湯もあったので、背骨のツボをほぐしたら随分気持ちが良かった。

さっぱりして大広間でしばし休憩する。
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皆さんまったりと過ごされていて、時折床から声が聞こえると思ったら、座卓を挟んで寝転びあう老婆が薄暗い卓の下でお喋りしているのが可笑しい。

黒磯駅に戻って列車に乗る頃には日が傾いて、行きがけに見かけた梅達は茜が差し艶が随分増していた。少しく艶冶な気持ちになって宇都宮に戻り、一杯飲んで帰ることにする。老舗のふくべはごくこじんまりした店で、カウンターに潜り込むのに苦労していたら、お隣が椅子をずらしてくれて助かった。
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そういう優しい空気は店の方の細やかな接遇に感化されたもののようで、名物のもつ煮を頼むと「小サイズにいたしましょうか?」と声をかけてくれたり、飲み物を追加する度に「ありがとうございます。」と丁重に礼を言われたり、隣のカウンター席が空いたら「狭いでしょうからもう少しこちらに」とスペースを作ってくれたり実に心細やかに対応してくださって恐縮した。

そういう店だから、どれを頼んでも申し分なく美味しい。名代のもつ煮は生のニラの鮮烈な香りがアクセントとして利いていたし、お新香の盛り合わせも歯応えよく瑞々しくて口をさっぱり洗う任を十分に果たしてくれた。
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そろそろ日も沈んでご常連の時間となるだろうから、早々に辞去した。荒っぽいイメージの北関東の、しかももつ焼き屋で柔和な気持ちになって店を出ることになるとは思ってもみなかった。なかなかに稀有な店である。
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帰りは宇都宮から通勤快速に乗ったら、上野まで1時間半で着いて随分楽だった。知らず知らず中々の乗り手になりつつあるのかしらん・・・とほくそ笑んで行先案内の写真を撮っていたら、ホームの客に怪訝な顔をされて我に返った。
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翌日。黒磯駅前の「明治屋」で買った桜酒饅頭は薄桃色でいかにも春らしく、また皮がつややかで美しい。
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酒種と桜の香りがややかち合って整理されていないものの、そこは饅頭で名を馳せる店だけあって、皮はもっちり餡はしっくりしていて美味しかった。また練り切りも色合いといい造形といいなかなか優れていてこちらも申し分なかった。(家人が「替わり目」ばりに”食べちゃった”ので写真はない)

一方、宇都宮駅で買った濱田屋の上生菓子は流石の品格があって唸らされる。桜を模った練り切りは繚乱たる姿を彷彿とさせ、春の水景を模ったものは外郎のふわもちっとした食感と白餡の品の良さが、清冽な雪解け水を想起させて心も緩む。
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正直消化試合感のあった旅程だったが、思わぬ収穫があって満足の行くものとなった。

2019年3月31日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(上)

18きっぷ旅の御伴はやはり内田百閒の「阿房列車」以上に好適なものはない。読んでいて旅の途上の自らと百鬼園先生とが入り混じって紙上を走っているのか線路上を走っているのか定かではない瞬間があって、その忘我の感じがたまらない。

けれども先生が心浮き立たせて乗車した一等車の感じがなかなか味わえずどうしたものかと思案したところ、長距離をグリーン車で移動すれば擬似できるのではないかと思い付いた。生来の貧乏性から「できるだけ長く乗るには・・・」と調べたところ、湘南新宿ラインの始発が逗子から出ているとのことで、一旦南下してから終点の宇都宮までグリーン車で行くことにした。

逗子で用事を果たさないのは勿体ないとここでも貧乏性が発症して、屈指の高級住宅街披露山にある公園から富士と桜を眺めようと、駅前からバスに乗る。
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時間のない忙しない旅程だったが、秒速10㎝でしか歩けない御老人の乗降で相当に時間がかかったりして、急峻な披露山を速足で登ることになり、朝からゼイゼイ言ってようやく頂上に着く。
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しかしここは海風が冷たいからか桜は咲いておらず、期待の富士の峰も見当たらない。そうしてよくよく目を凝らすと春霞が富士山を秘匿してしまっていた。
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↓期待していた景色はこのようなもの

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↑展望台眼下には豪壮な住宅が数多ある。どれが小田和正のでどれが松任谷由実のなのかは知らない。


ある意味壮大な神隠しを見れたのは稀有なことだと積極的に理解して、早々に下山して駅へ戻る。この山の住人はもはや自分の足で山の昇降が叶わぬと見えて、朝から老人一人を乗せたタクシーが頻繁に通る。麓に降りるとドアミラーがユニオンジャックになったミニがビュンと行く。いずれにも気恥ずかしさを覚え、この辺りがあまり逗子葉山を好きになれない訳なのだと気付く。

駅に戻ると乗ろうとしている列車の発車五分前で慌てる。「グリーン券はJREポイントで交換したものを駅の券売機でスイカに読み込ませるように」となっていたが、慌てていて普通にグリーン券を購入してしまい焦ってしまう。改札で事情を話したら、即返金してくれたので再度挑戦したら無事発券されたので急いで乗車する。
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朝からゼイゼイドタバタと続いたが、矢張り欲張ると碌なことにならない。

グリーン車は大して乗り心地は良くないだろうと思ったら、意外なことにとても快適だった。
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↑SUICAを使った着席システムが洗練されていていい

二階席からの車窓はいつもと違った視座になり、大船の線路沿いの水景は初めて見られたし、慣れ親しんだ御嶽山駅の交差も下からの眺めをきちんと堪能できて、乗車1時間半で荒川を越えて行くまで飽きずにあっという間に時が過ぎ、自分でも驚く。
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走行音が不思議なリズムなのも面白い。「タタタタタタ」というスタッカートを利かせた細切れの拍子で、機械時計の秒針のようでもある。さながら自分の移動している時間が鉄路に刻まれているように聞こえ、耳に障らぬ絶妙な通底音が心地よく、百鬼園先生の気分に肉薄したという事も相俟って高揚感に包まれた。

その後埼玉を抜け栃木に入ると畑ばかりが続く景色になり、
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阿房列車の御供であったヒマラヤ山系氏の著作を読んでさらに気分に浸っていると、
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もう宇都宮に着いてしまった。JR東日本の計らいでこれが追加料金600円相当で楽しめたのは誠に有難かった。
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2019年3月29日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(下)

内房線を北上する。時々チラチラ見える内房の海は優しげな表情で、行こうと思っている大貫の海もそうであってほしいと願う。
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1時間ほどで駅に着くと、いかにも昔風の駅舎で嬉しくなる。
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ここから南に15分ほど歩くと大貫海岸に到着。
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季節にキス釣りでも・・・と思っている地で、宿の候補であるさざ波館と目の前の釣具屋の様子を覗いてから砂浜に出る。
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外房とは一線を画す嫋やかな波の音が草臥れ果てた脳と身体に優しい波動を送って、身をゆだねると砂浜と同化してしまいそうだったから、それを避けるべく突堤に向かい尖端で胡坐をかいてただただ霞む春の海を眺める。
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するとこんどはくぐもった海にぐちゃぐちゃの脳と身体を預けてしまいたい欲求がさざ波のようにひいては返すので、念の為突堤のコンクリートに爪を立てておく。そんな気を紛らわそうと、千倉の小間惣で購入した菓子折を開いて、おはぎをパクつく。海沿いで食べたからだけではなく、餡にしっかり塩気が施されているようで、確かに海の街の餡の味がした。
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千倉ではくっきり晴れていた空は薄曇りになったが、ひねもすのたりのたりするには好都合で、海への同化欲が治まってからは呆けたように小波が寄せるのを眺めた。
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いい加減に飽きて駅に戻る道の途中では雲が重く垂れこめてきて、また頭のずぶずぶ感が昂進してきて難渋するが、大貫駅の線路わきの野の花が心を和ませてくれたのでどうにかやり過ごせた。
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また内房線を北上して木更津で乗り換え久留里を目指す。
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近々自らの誕生日を迎えるので、そのための主肴として名産のホンモロコとお気に入りの銘酒福祝を手に入れようという算段だったのだが、モロコを扱っていた魚屋が店を閉じてしまっていて調達は叶わなかった。隣の藤平酒造の直売所で聞いたら、少し前から休業状態とのことで残念。やむなくここで「福祝本醸造生槽口しぼり」を購入し、駅近くの観光案内所で和菓子用の黒文字のようじを買って駅へ行く。
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用事があっという間に済んでしまい、駅で30分以上向うに見える見事な白い木蓮を眺めては、偏頭痛の波を腹式呼吸で迎撃するも概ね劣勢でぐったりしてしまう。そんな状態だったので木更津から千葉に着いた際、京葉線のトラブルで隣の番線の列車に乗ることに心変わりして階段を下っていったら足を踏み外して、危うく派手に転倒するところだった。苦心惨憺の旅だったが、「さしたる目的がない旅に無理して出かけると碌なことにならない」という教訓を得ることは出来たので良しとする。

さて、数日後、自らの誕生を祝う膳を整えたが、先述の通り主肴と目していたホンモロコが不在であるのに加え、家人も遠来の先輩に誘われて呑み会に出かけてしまい、結果「独宴会」ということになった。それでも念を入れて買ってきた鰹の焼津造りや筍・蕗・湯葉・弾けたらこの炊いたのなど、春を感じる肴を揃えて買ってきた「福祝」を飲んだら、これがぴちぴちと新鮮極まりない佳酒で、旨くて旨くて盃をあげる手が止まることを知らない。
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そうしてそれが旨過ぎるがゆえに、どうしようもない寂寥感が押し寄せてきて処理に困る。これから先はこういう風なのかな・・・と思って蕗の薹の白和えを口に入れたら、いつにも増して苦みが強く感じられて閉口した。

2019年3月27日 (水)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(上)

子供の頃、夏になると海水浴をしに房総の千倉に家族で出かる習慣が数年続いた。平成になる直前に行ったのが最後で、思えばそれが家族そろっての旅行の最後だったように思う。平成も御仕舞となる機にどうなっているのか見てみようと出かけることにした。

しかし生憎前夜の天候が荒れ、そうした夜に訪れる不眠症状が放っておいてくれず、半睡半醒を倦むまで繰り返し朝を迎えてしまう。起きがけ動けてしまったので出かけたが、すぐに失速して目を開けているのが面倒なくらい脳がずぶずぶしている。列車では気が立って眠れない性質だから挽回することも出来ず、目をつむって引き続き半睡半醒、まんじりともせず内房を南下する。そろそろ木更津というところで目を開けたら、少しだけ脳のずぶずぶが引いていたので、降りて館山行を待つことにする。
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↑ホームに珍しい軽食の自販機が

30分ほど行くと往時フェリーを降りてから乗り込んでいた浜金谷駅に着く。客が立て込むだろうと見込んでいたが、今はアクアラインがあるからこれまでの駅と同じく1-2名が乗り込んでくるくらいで寂しい。いつだったか、帰りがけに大きな地震があって随分立ち往生した保田も過ぎて、また目を閉じ30分揺られて館山に到着する。
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いかにも温暖な気候らしい駅の雰囲気で好ましいが、こちらの脳は相変わらずグチャついていて、そこから引き揚げてきたふにゃふにゃの地図は判読も難しく、目当ての「伊勢屋」の一本手前の筋を曲がってしまうという失態を犯し、ようやく見つけた時にはまた脳が重ったるくなっていた。
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手早く旨そうな三種大福盛、それに房総名物太巻きと興味をひかれた鶏めし握りを買った。そうまでしたのに、これらを食べる事は叶わなかった。千倉へ向かう車中、またまた半睡状態だったものだったから、千倉駅に到着した時に朦朧としていて座席に餅や飯の入った袋を置き残してしまった。駅の跨線橋でそれに気づき、今日の昼飯とお八つを乗せた列車を見送る気分はいいものではない。
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駅員に事情を話すと「鴨川で保管するようにしましょう」というので「ここから鴨川までどれ位かかります?」と聞いたら「30分ですね」という。次の列車は1時間半後だから、太巻を取り返すのに2時間かかる。戻ってくるのも優に1時間は下らないだろう。もはや大仕事になってしまう。鴨川からここまで折り返しの電車で持ってきてもらえないかな・・・と淡い期待を抱いたがそんな申し出は全く脳裏にはない様子だったので、「では見つけたら処分してください。餅と太巻が入ってます。」とだけ伝えると「はあ」とヒマラヤ山系君のような心許ない返事。鉄道の職員は時代が移り変わってもこんな感じのものかなと思って、構内の観光協会でレンタサイクルを借りに行くと、電動しかなく1,000円だと言う。ここでも当てが外れ、なんだかクサクサした気持で駅前に出る。
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最近整備されたようで、まったく馴染みがない。父が駅前の土産店で外国産の貝の煮貝を高値で買って失敗した記憶があったが、そんなだからか無残な廃墟となっていた。悪どい商売は身を滅ぼすことをまざまざと知る。

ぐったりして重たい身体を乗せるのだから、結果論だが電動自転車で良かった。何しろ駅を出て漕げども漕げども海が見えず、うぐいすがホーホケキョホーホケキョと鳴くばかりで一向に要領を得ない。脳内の地図は相変わらずふにゃふにゃのままだし、飯は無くすし、行けども行けども海の気配はないし、それともまだ夢を見ているままなのかな・・・と訝しがる頃になってようやく砂浜が現れる。
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大体千葉の海はなかなか姿を現さず愛想が悪い。そうしていざ会ってみると波が逆巻いていて愛嬌がない。波間にはラッコのようにぷかぷかと黒いサーファーたちが浮かんでいて目に障る。脳が色々あってフリーズしていて感興を催す空き容量がなく、ついて出るのは悪態ばかりで我ながら情けなくなる。

早々に目的を果たして御免蒙ろうと懐かしい港に着いたら色々思い出して、臍の曲がりも少し直る。
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↑ウマヅラハギを見釣りした岸壁。土産にカワハギの干物をよく買ったことも思い出した。

隣接する磯には海水プールがあったはず・・・とそこに向かうと無残な姿が。
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↑生まれて初めてメジナを釣った磯

しかも鮑や栄螺の密猟が絶えないようで、監視カメラにずらっと取り巻かれている有様。ウロウロしていて事案化しても面白くないので、この近くにあった定宿の民宿を探すが、意外と道が入り組んでいてそれらしき建物が見当たらない。それどころか、あちこちに空地があって、目当ての民宿も更地になっている可能性も高まる。記憶のとっかかりになるものもなく、当てなく住宅地をぐるぐる回っていると、泥棒の下見にでも思われそうだったから、一旦諦めてとりあえず南の平磯の花畑へ進路を変える。

途中花大根の白い花と磯と海というなかなかそぐわない風景が続いて、いよいよ夢かなと思うが日差しがジリリと頬と額を焼くから、夢ではないようだ。
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そんなこんなで平磯につくと、花畑は点在するものの、それを眺める公園や休憩所は見当たらない。
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畑の真ん中でぼうっと立っていて、花泥棒と思われても面白くない。したがって、滞在2分で折り返し千倉駅へ。

途中、もう一度漁港から「ここかな・・・」と思った道を上がると果たして定宿に行き当たる。今は閉鎖してしまったようで門は閉ざされていた。
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向かいのカップヌードルの自販機が置いてあった釣具屋は、ガソリン配送の拠点に変わってしまっていた。
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とにもかくにも所期の目的を果たして、ぐったりした身体を抱えて電車に乗り込んだ。もちろん、大福と太巻が帰ってくることなどなかった。千倉に通ったあの頃がもう二度と帰ってこないのと同じ道理である。
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2019年3月24日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:焼津酒蔵巡礼(下)

まずもっての目的である磯自慢の酒蔵を見物して、昼飯を調達しに南西にある「サスエ前田魚店」へ向かう。磯自慢の蔵から南下して川にぶつかったら西へ進むという道順をとったが、川沿いの西行きは川筋を抜ける強い西風が吹き付けて思ったよりも前に進まず、しかも乾いた冷たいものだったので痛いくらいに額を撲っていくので相当に骨が折れた。観光協会のご婦人の憂慮の訳をここで初めて知らされることになる。
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それでもようやく到着したサスエは刺身が抜群であることで名を馳せていて、そこが作る寿司や丼だから絶品だというので足を運んだ。12時にならないと弁当類は出てこないというので15分前に行ったらやはり陳列されていなかったので、近くの公園で寒風にやられた身体を陽にあてて養生してから戻ると、賑やかなネギトロ丼といった感じのものが一種類、5点ほど置かれただけだった。

その後も出てくる気配はなかったのでやむなくこれと、これもお勧めというびんちょう鮪の刺身を買って海沿いのふぃしゅーなを目指そうと思ったが、寒風によるダメージが大きく次第に偏頭痛がしてきたので、これ以上風に吹かれるような場所にいるのは困難と判断して、先程陽に当たった公園に向かい、「ここを食卓とする」と宣して午餐を摂ることにする。
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何とはなしに女子向けの雰囲気がするネギトロ丼はいくらや賽の目切りの玉子焼きも載って、目には楽しいが鮪の旨味や醍醐味はどこに隠れたのか一向に現れない。びんちょう鮪も、立ち食い寿司で食べるあれとさして差異はない。どうも予約をして誂えてもらうようなものでないと、その実力は味わえないものらしい。

結構な空振りをしてしまい、しかも酒を口にしてしまったので自転車に跨りトボトボ歩くことになり、その怪しげな風体から通報されて事案化しないかびくびくしながらようやく駅まで戻るはめに。我ながら閉口した。

ここからバスに乗って北に向かうとすぐに菜花が一面咲き乱れている堤に出ていかにも気持ちが良さそうだったから、こっちで飯を食えばよかったと恨めしく思う。その後も菜花は間断なく、庭先に畔に川端に路地に隙間を見つけては咲いていて心を和ませてくれる。
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目的の岡部宿には初亀の蔵と昔の旅籠の建物が残っているという。そこに向かう旧東海道沿いに小川が流れ、河畔には菜花が咲き早咲きの桜が流れを覆うような景色があって、いかにも春めいていて心が弾む。
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野辺の花を愛した荷風をストリートビューの黄色い彼のようにここに召喚したならば、満足げに下駄を鳴らしてテクテク歩き続けるように思えた。

直に初亀の酒蔵が見えてきた。先程飲んだ限りでは最後の後口に今少し品格があればという出来だったが、次の機会では小川の景色を思い出しながらの一献となるだろうから一味増して旨かろうと思う。
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さらに行くと岡部宿の旅籠「柏屋」に着く。なんとか観光の目玉にと意気込んだようだが、資金が足りなかったのか本陣跡は簡素な立札があるだけで往時を偲ぶよすがもなくて肩透かし。
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広場でぼんやり花を眺めてから、近くのいやし庵なる白飯が売りの店で夕飯用の握り飯を買って、早々に立ち去ることに。これで春の小川の景がなければ連続して肩透かしを食らうところだった。
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無駄に立派なバス亭でも寒風に曝され、
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いよいよ偏頭痛が気分を支配してしまう仕儀になり、どうにか緩和しようと駅前の温泉施設へ行って入浴するが、塩気のある泉質で妙に温まりすぎて、今度はどくどくと脳を脈打つのが煩くてしかたない。
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それがあるから午睡もかなわず這う這うの体で電車に乗り込む。
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前回随分楽をさせてもらったホームライナー沼津に今度もお世話になる算段で、静岡の駅ビルでビールのアテを物色することにしたが、どこにでもある店ばかりで面白みがない。

ようやく見つけた練り物屋は地元の店のようであんまり賑わっていなかったが、好物の薩摩芋天(ここでは”おいもさん”といった)があったので買い込んで、悠然ふかふかの座席につきささやかなる夕餉の時間に。少しぽそぽそするが、混じりっ気のない素朴な味わいがいい”おいもさん”は腹持ちもいいし、ビールにも合う。
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丸めて串にさしたりすれば、随分見栄えも良くなって売れそうな気がするが、どうだろうか。岡部で買った握り飯はきちんと塩気が利いた握り飯で、美味しかったが吃驚するほどのこともなかった。
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たちまち沼津まで走り抜けて、熱海を出て小田原に差し掛かった頃、座席下のヒーターの熱気が増してくる。そこには焼津で買う時に「冷蔵保存でね」と店の方に念を押された喜久酔の四合瓶が保冷剤と共に簡易な冷蔵パックに入っている。そのシールドは薄く、熱風をどれくらい持ちこたえられるものか・・・・知らぬ間に第三新東京市下でヤシマ作戦的なものが展開しはじめていて、シンジ君にでもなったつもりでエントリープラグにも似た冷蔵パックを開けて「キクヨイ!」と声を掛けたら、まだ十分冷たくてニコっと笑いかけてきたから安堵した。
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↑無事自宅に辿り着いた喜久酔と磯自慢。県内向けの磯自慢は1升2千円と格安で、帰京する強者サラリーマンが3本購入していた。但し、その酒質は馴染んだ磯自慢のものには程遠く、ごくあっさりとした味わいで別物に近い。

そういえば、静岡の練り物屋も蒲「菊」だし、和菓子の「白喜久」といい菜花の季節によく菊に出会った不思議な旅だった。

2019年3月22日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:焼津酒蔵巡礼(上)

掛川で飲んだ「開運」のあまりの旨さに、静岡が日本酒王国であることを再認識させられた。それで調べてみたら、酒蔵が意外と至便なところにあることが判ったので、その中心地となる焼津に行ってどんなところで醸しているのか見てみようという事になった。

この日は座席運が良く、根府川手前で海沿いのボックスシートを独占できたので、朝日に輝く新鮮な海の表情を余すところなく楽しめて上々の滑り出し。
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沼津以西も眼前の富士の峰が右から左から入れ替わり立ち替わり現れては消えて、都度都度愛想を振りまいてくれるので飽きることがない。静岡を越えて少し行くと無事焼津に到着。
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早速観光案内所へ行ってレンタサイクルを借りる。「今日は西風が強くて寒いから生憎ね」と係の方に心配されたが、電動だしさほどの事もないだろうと安穏に構えて出発進行。まずは駅近の「仲野富士男商店」に立ち寄って酒の在庫を確認すると、目当ての磯自慢も喜久酔も揃っていたので、帰りにここで土産を買うことにし、昼飯用に「初亀」の生酒の一合瓶を買う。

ここから南下して、ストリートビューでその店構えに惹かれた「白喜久」へ立ち寄る。思った通り店は清潔で整然としており、商いをする矜持が溌溂と感じられ期待できそうな雰囲気に満ちていた。なので土地の名物らしい味噌饅頭に季節のうぐいす餅、それに銘菓「亀寶」と色々買うことになる。多品種少量でお願いしたので、包装に少し手間をとらせてしまったら、「お待たせして申し訳ございません。」と言われ、とても丁寧な客あしらいで感心したけど、却って恐縮仕切だった。

「亀寶」は鰹節を模した最中で、しっとり気味の皮とほこほこと豆の味わいが前面に出た餡の相性が良く美味しい。その説明書きがいかにも古風かつ丁重で、昔気質の遺風が感ぜられて好ましい。
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家人と共に感心したのは「うぐいす餅」で、餅は柔らかさがありながら歯切れよく、滑らかな餡と薄くまぶされたきな粉の風味と相俟ってとても品がいい。店先には「京きなこ」版のものもあってこだわりが感じられたが、なるほど念の入った一品だった。
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ここから海沿いの道を通ってさらに南下していくと、通りの小さな工場から鰹節の香りが漂ってきたりして、いかにも焼津に来ている雰囲気があって良かった。
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と思っているうちに目当ての「磯自慢」の酒蔵に着く。駐車場には無造作に箱詰めが積み上げられていて、プレミア価格だったり、抱き合わせ販売が当たり前の酒とは思えぬ扱いで少し苦笑。
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中が覗けない障子戸の向こうが直売所となるようで恐る恐る開いて入ると、ご当主の奥様らしき方が現れる。
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山本富士子似のやや圧を感じるいで立ちで、いかにも磯自慢御殿の主という風格がありなかなかに味わい深い。二三言、在庫に関しての何かを仰ったようだけども、現れてすぐ咄嗟のことだったので、何と言ったのかは判然としない。しかし、手頃な四合瓶は見当たらず、やはり帰りに仲野酒店で買えばいいやという結論となり、そそくさと外に出ることにした。

改めて蔵の周りを見ると、目の前には小さな川が流れているが、海と目鼻のところだから潮の干満で水位が上下するような運河のようなもので、運搬には役立ったとしても酒造りには用をなさないだろう。ここまで海に近いとは想像しておらず、そしてまた水に恵まれたようにも思えないこの立地で(住所は鰯ケ島町!)あれだけの美酒を安定して醸し出すというのだから、なんだか手品のようにさえ感じた。何事も一見するに限るなと改めて実感した次第。

2019年3月19日 (火)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:房総右上鼻眼鏡(下)

成田から少し行ったところに、江戸時代の街並みを忠実に再現した「房総のむら」という施設があるというのでバスに乗って目指す。
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途中「〇〇台」と名の付く住宅開発地域を通っては鬱蒼とした山を抜け、また住宅開発地域に・・・というのを数度繰り返して25分ほどで最寄りの竜角寺台2丁目に到着。時刻表上は15分ほどとなっているのに、スムースに流れて25分かかったのはどう考えても設定時間がおかしいように思うが、皆心得ているのか静かに乗車していた。

菜の花に出迎えられて少し機嫌も持ち直して早速入園。
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確かに江戸の宿場町にでも迷い込んだような街並が顕然と現れ、しかもかなり細部まで作りこまれていて破綻がなく、往時の「見世」の雰囲気が濃厚に感じられていい。
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また、いずれの建物も当時の生業を体験できたり、二階部分にも登れるようになっていたりと、きちんと建物が活きているからより江戸へのトリップ感がより高まる仕組みになっている。やるじゃないか千葉。
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その裏手には武家の住まいがあって、ここの縁側で日向ぼっこをした気持ちの良さは忘れ難い。
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少し前なら眼前に盛りの梅を見ることが出来たようで、その隣には立派な枝振りの桜があったから、それこそ当主にでもなった気持ちで愛でることが出来るのだろう。

少し行くと今度は立派な長屋門を備えた豪農の家が。手前にきちんと季節の作物が植わった畑があって、それがリアリティを与えるのに一役買っている。
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ここも先程の武家屋敷同様に中に入って生活道具にも触れることが出来る趣向となっていて、当時の生活を追体験できる。
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予想外の本格ぶりにいささか興奮して、これまたいかにもそれらしい茶屋で一服。きんつばがパッケージ詰めだったのが少し興醒めで、皿で出し房総名産黒文字の楊枝が添えられていれば申し分なかった。
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↑ぬかるみにはなんと筵が敷かれていた。徹底ぶりに感服。

入場門近くの早咲きの桜も堪能できたし、やってみたい体験も色々あったから、次は桜の季節に腰を据えて来ようと思う。
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バスで成田駅に戻って時間があったのでロータリーをぶらりとしているとミャンマーもしくはマレー系の人々が随分たむろっていた。おおよそ近隣のホテルの清掃や畑仕事などに駆り出されているのだろう。疲れた身体と寂しい心を同郷の皆で持ち寄ってなんとかうっちゃっているようだったが、その顔に笑顔は少なく、そうした彼らの手や腰や足でどうにか支えられているこの国の先行きは直に覚束なくなるのだろう。
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嫌な予感を振り払っていると、沿線で看板をよく見かけた和みの米屋が駅前にあったので銘菓ピーナツ最中を購入。、ピーナッツペーストがほのかに感じられ、それが品の良いコクを与える食べ飽きない一品で、その姿形が落花生のそれと全く同じであることも人気の一因なのだろう。
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ここから空港へ行く。飛行機も乗らないのに空港に行くというのは、幼少の頃、海外赴任に出る父の同僚の見送りに行った以来だろうと思う。その時は、まだ成田が開港してなくて羽田に行ったかすかな記憶が残っているが果たしてどうだったのだろうか。今回の目的は第1ビルにある山口晃の壁画を見ることで、機上の人になる訳でもなく、見送る相手もいないのに空港に行くことになる。
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いざ成田駅から空港に行こうとすると意外と電車が少ないし、妙にくねった鉄路を行くからスピードが出ずに随分かかる。ようやく到着した成田空港は一昨年香港に行った時には第3ターミナルにしか行かなかったので、十数年ぶりのことになろうかと思う。「北ウイング」という言葉が見えて、昔中森明菜がこのフロアから「北ウイング」を歌っていた番組の様子が脳裏に浮かび、なんともこそばゆい懐かしさに浸る。
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そんなだから、目当ての壁画は一向に見当たらず案内係に聞くはめに。そうしてようやく壁画とご対面。かなりの大きさで遠目で眺めたいのだが、椅子がずらりと並んでいてそれはかなわずやきもきする。しかし画伯の画の美点は細密な描きこみであって、それは接近して存分に楽しむことが出来た。
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写真二枚目左下が画伯本人と思われるが、これを探す「ウォーリー」的な楽しみ方もできるようだ。暇な時間を持て余す空港の待合らしい趣向で思わずニヤリとさせられる。

折角だから見送る人もないけれど展望デッキに出る。すると、間もなく社名が消えるバニラエアの機体が夕日に映えて滑走路に向かっていたので「お疲れさん」と見送ることにした。
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思いがけず見送る相手が現れた安堵感に包まれ、暮れゆく日にも別れを告げて帰路についた。
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2019年3月17日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:房総右上鼻眼鏡(上)

銚子を走る銚子電鉄は経営不振でいつどうとなるやも知れないという。廃止が決まってからではドサドサ混み合って面倒なことになるから、世間の目を盗んで今のうちに見ておこうと思い銚子を目指した。

その昔、大学のゼミ合宿を御宿でやる時に列車で行った記憶があるが定かではない。ただ、千葉駅を出てモノレールが見えた時に、ここを昔くぐったという記憶が浮かんできた。その程度のお付き合いしかないから、総武本線が房総半島を突っ切って外房の上半分を通って銚子に行くとは知らなかった。
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↑内田百閒が言うところの房総鼻眼鏡。確かに千葉駅を鼻柱とするとそうなる。

千葉駅から数駅で畑だらけの車窓となり、成東あたりからは瓦葺で平屋の駅舎が見えてきて房総を走っている感じが出てきて良かった。しかし外房の地域に入っても鉄路が海岸から離れているので海の様子はまったくわからず、次第に悶々とする。車内では咳をまき散らす老爺、独り言の絶えない老婆、おさげの右が蛍光ピンクで左が蛍光グリーンの少女が入れ替わり立ち替わりに現れ、終いには刺繍の入ったGジャンに赤いスニーカーの男が手にリンゴジュースの1Lペットを持ってがぶ飲みする事態に。化外感を堪能しているうちにようやく銚子に着く。

個人的には長崎や高松などのどん付きの駅は雰囲気があって好ましく思っていて、銚子もきっとそうだろうと思ったらなにやら余計に線路があちこち伸びていてみっともなく見え、勝手に失望してしまう。その途上に銚子電鉄が止まっていて、なんともこのけじめのない感じがらしくていい。
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車両は相当に古く、幼少期に楽しみにして乗った京急の600系を彷彿とさせる。車内にはバズーカを抱えた大きいお友達がのっしのっしと歩いてカシャつかせていて興醒めだったが、車両が動き出すとさすがに席に座ったので安堵する。速度は概ね20㎞程度、また駅に止まるごとに大仰なブレーキ音がして、いかに今の電車が洗練されているのかを知らしめてくれた。

目的地に設定した恋ヶ浜は駅前にキャベツ畑が広がっていて、浜など見えないがなんとなく南国風に仕立てた駅の雰囲気。
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ここまで一切海らしい景色に出会わず、その渇望感が高まっていたので畑を超えて防砂林の向こうに海景が見えたら年甲斐もなくときめいた。
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そうして眼前是海となって、一気にカタルシスを味わう。犬が吠える岬とはどんなものかと思っていたが、こんなものだった。
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外房の海は子供の時分に海水浴に行っていたから慣れっこのつもりだったが、とんでもないとんでもない。
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波濤の手前に石の腰掛があったので、そこで荒々しい波音にもまれながら早めの昼に手弁当を食べた。時折しぶきがかかって、一汐増すのが面白い。
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内田百閒も銚子から車で犬吠埼まで出かけていて、その途上大きな犬に吼えられながら執拗に追われて怖い思いをしたと書いているが、果たしてこれだけの波音を凌駕する犬吠えがあるのだろうか・・・と思いながら、駅へと戻ってまたガタガタ電車に揺られて銚子に戻る。

次に乗る電車まで時間があったのでロータリーをぐるり。勝手に千葉東端の雄とのイメージを抱いていたが、何のことはない田舎の街で少し寂しい。
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そこをつけこむようにレオパレスが駅真ん前に路面店を出していたり、加計学園の千葉科学大学が進出していて嫌な気持ちになる。
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まだ時間があったので、その名も待合室という喫茶店でコーヒーを飲んでいると、そこでの話題は小学校の統廃合。「あそこがなくなったら、津波が来たときどこ逃げんのさ」という切実な話で、多分加計学園に数十億献上してしまっているから、これから市政は増々厳しくなることだろう。
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全く太平洋の荒波で諸々洗い流してしまいたい気分になって、銚子を後に成田へ向かった。今度は利根川沿いに進む成田線に乗っての旅で水郷のような車窓が楽しめるのかと思ったが、特段の変化はない。遠くに鹿島のコンビナートが見えたぐらいの変化だった。花らしい花もあまり見えず、茶色い畑と黄土色の薄野が入れ替わり立ち替わり現れ眠気を誘う。その内遠くの空に着陸態勢の飛行機が何機か見え、急なカーブをキュルキュル曲がったら成田に着いた。

2019年3月13日 (水)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:鎌倉観劇湯河原観梅

18きっぷ2本目は見たかった映画と梅園を求めて湘南横断旅。まずは川喜多記念館で「宋家の三姉妹」を見るべく鎌倉へ。DVDレンタルが出来ずに難渋していた一本だけに期待が高まるが、似たような境遇の人が多かったらしく別の日は完売が続いていたので、上映1時間前にチケットを買うことにして、その後は近くの鶴岡八幡宮と宝戒寺をさっと巡ることにする。

八幡宮は子供の時分初詣に訪れていた懐かしの場所。ここに上がるまでにひどく苦労をした記憶が甦る。
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そうして何をお願いしたかと言えば「見当たらないマイナスドライバーの件で親に怒られませんように」という涙ぐましいお祈りで、霊験あらたかなる所以もあってか、うやむやになって叱られることはなかった。これまた懐かしい干支の土鈴を横目にして宝戒寺へ。ここは初めて来たが鶴岡の至近にも拘らず観光客は皆無で、静寂の中咲き誇る椿と枝垂れ梅の共演を楽しむことが出来て拾い物。
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↑椿の袂にはふきのとうが。春が来たことをしみじみ実感。

そこからすぐの「美鈴」で予約しておいた和菓子を受け取って、記念館に戻るとやはり完売の札が立っていた。
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映画は30年前のものだからやや大仰な演出もあったけれども、それが逆に激動の時代に翻弄された姉妹に現実味を与える効果を与えていて、2時間半たっぷり楽しめた。
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余韻は小町通りの雑踏に打ち捨て、大船経由で湯河原を目指す。途中サンドイッチを頬張り、うっとりするような春の日差しで眠気が高まったところで湯河原到着。
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↑国府津を越えたあたりで見事な富士山に見蕩れる。

名高い幕山梅園へはバスで赴く。バス停から公園のスロープを登っていくと、一気に視界が開けてこの風景が。
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荒々しい山と淡い色合いの梅との対比が美しく、桃源郷ならぬ梅源郷に来た思いがした。梅は山裾の急勾配に植わっていてしかも足元はまるで整備されていないから、ご老体が多い見物客の渋滞が起きていた。そこそこの高さまでは10分ほどで到着して、相模灘が臨めるベンチに腰かけて春の気配を存分に楽しむ。
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ここは梅園の中を巡るよりも遠景を愛でながら、ふきや筍それに鯛の子などの炊き合わせたのが入った春らしい弁当をゆったり楽しむというのが向いているかもしれない。

取って返して、隣の熱海まで移動。卒業旅行なのか若者が多く、このところ名をあげたプリン屋には30mほどの大行列が出来ていて苦笑い。こちらはさらに坂を下り、見事な早咲き桜の角を曲がった「福島屋旅館」でひと風呂浴びる。
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夕方だから混んでいるかなと思いきや、男湯は自分だけで終始独占。小さい湯船しか貯めていないからなのか、いずれにしろレトロな雰囲気の残る浴室と、淡い塩気をはらんだ湯を存分に堪能。
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また桜の所へ戻って、ホテル貫一の横の階段を下るとすぐに目当てのサンバードが現れる。
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昭和の歓楽街にあった喫茶店の風情を色濃く残しているとのことだったが思ったより明るく綺麗で、ソファに座って暮れなずむ海景を飽くまで楽しむ。
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なにを頼むか逡巡したが、風呂上がりで炭酸を欲していたから、この店の雰囲気に合うメロンソーダにしたら、自分でも不思議に思うくらい気持ちが高揚して可笑しかった。
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子供の時分、「すがきや」位でしか頼んでもらえなかったメロンソーダを悠々独占して飲み下す快感はなかなかないものだった。

帰りは前回に続きサッポロの静岡醸造を呷ってだったが、運よく小田原までボックスシートを独占することができ、根府川辺りの暮れなずむ美景に没頭できたのは忘れがたい。
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家についてから鎌倉の美鈴で買った上生菓子を食べる。「柔らかいのであまり揺らさないようにね」と店の女将さんに言われたものの、一日持ち歩いたのでそこそこ揺らしてしまい、恐る恐る箱蓋を開けてみたが問題なく美しい姿が現れて一安心。いずれも申し分のない美しい姿形とはっきりした発色が春色めいていて人気があるのもよくわかる。一方餡は個人的にはやや距離を置く緩めのもので、もう少しほっくりとした豆の味わいが欲しい所だった。
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ほぼ神奈川県内に終始したので疲れも少なく、あちらこちらで懐旧の時に揺蕩うことが出来て楽しめた一日だった。

2019年3月 9日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:掛川春色耽美行(下)

二俣城跡から歩いて少し行くと「二俣本町駅」に着く。

ここで次の電車を30分待つことになったが、古い駅舎のベンチに腰かけて柔らかい春の午後の日差しを浴びながら読書をしていると、日頃味わえないしみじみとした幸福感が沸き上がってきて、これぞ旅の醍醐味という気持ちになる。
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特にこの駅は線路脇が切通の藪になっており、そのアプローチが得もいえぬ鄙びを添えていて郷愁を誘う。
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自分の他には誰も来なかったホームに電車が滑り込んできた時、一瞬「一本見送ろうかな・・・」とすら思われたが、後の予定が詰まっているので後ろ髪をひかれる思いで掛川に戻る。

だんだん日が暮れてきた掛川駅はそれなりに人も歩いていて、後に訪れる焼津や銚子の駅前を思えばまずまず繁華していた。
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↑JR東海らしからぬ人情味あふれるホワイトボードが印象的。

まずは土産をと思い、商店街の兎月堂へ。上生菓子が揃っているとのことで足を運んだのだが、その通り数種並んでいたので4つ買い求める。特に梅に鶯を模った初音は、鶯の羽根を思わせる大胆な造形が楽しませてくれた。
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また「こうらい」との銘の菓子は、村雨・軽羹・羊羹の三層となっていて、軽羹の真白が凛としていて美しい。いずれも申し分なく美味しくて満足した。
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店番のご婦人に「掛川城の桜は随分咲いたわね」と言われたので、行ければと思っていた城へ行ってみると、随分どころか盛大に花を咲かせていて、桃色の幕を河畔にたなびかせている様は、予想外だっただけに殊更美しく見えた。
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しかも、花見に来ている人はほとんどおらず、ドイツ人らしき家族連れの観光客と自分とで石段に座って景色を独占する贅沢に恵まれた。早咲きの掛川桜というそうだが、春爛漫の風趣を存分に味わう僥倖に恵まれて、目当ての酒場に運ぶ足も軽やかになる。

城からも駅からもさして遠くない「酒楽」は14時開店という旅のものにとっては誠に好都合な店で、16時半に店に入るとご常連が二つのテーブルに密集して、あれこれ穏やかに話しながら楽しげに盃を傾けている。
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こちらは入口右手の卓に陣取り、まずは生ビールで喉を潤す。品書を見ると、初鰹が入っているようなので、それとフルーツトマト、それにレバー炭火焼きをアテにする。いずれもワンコイン以下なので、こじんまりとした盛りだろうと見込んでいたら、どれもたっぷりあって嬉しい驚き。トマトは都合3つ分はあったと思うので、スーパーで買うよりも安いくらいだ。その上、質が高いから舌を巻く。
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特に鰹は雑味・えぐみが皆無で、ただただむっちりと舌と歯に絡みつく身が妖艶ですらあり、慌てて日本酒を頼む事態に。それも御膝下で醸す「開運」のしぼりたて生だというのだから、馨しき薫りと淡い泡が口中をさっぱりと洗い、終いに甘美な余韻を残すばかりで、全くもって旨い。危うく「流石静岡!」と声をあげてしまうところだった。もう少し呑みたかったが、この後はご常連タイムだろうし、電車の時間があるから万やむを得ず店を出る。ここは是非再訪したい。

掛川を17時過ぎに出て、18時静岡発の「ホームライナー沼津」に初めて乗ってみたら、暗くなった車窓がどんどん流れて行って随分楽だったし、座席は座り心地よく、途中ビールも楽しめてとても良かった。
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久々の長駆に一抹の不安を覚えての始まりだったが、全く問題なく充実した旅となって甚く満足した。掛川は是非とも再訪したい。
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2019年3月 8日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:掛川春色耽美行(上)

今年の春は暖かく、また家人は仕事が沸騰していて寄ると噴火しかねないから、三十六計逃げるに如かずと思い立ち二年ぶりで春の18きっぷ巡礼に出た。最初に選んだのは静岡掛川。そこからローカル線に乗ってかねがねいつかはと期していた秋野不矩美術館を目指す。久々に4時間近い乗車はなかなか骨が折れたが、小田原手前の酒匂川が朝日に煌く様子や田子の浦辺りの優美な富士の峰に励まされてなんとか掛川に着く。

まずは南口から市が運行するバスに乗り「資生堂アートハウス」へ。予想していた新幹線沿いの道ではなく、建物裏手に降ろされたので少し不安に思ったが、難なく敷地内に辿り着く。琳派様のうねる丘を挟んで企業資料館とアートハウスが並立していて、直線がピシリと決まった清潔な佇まいはやはり谷口吉生らしく、感銘を受けた「せとうち東山魁夷美術館」との相似も感じる。展示は社花である椿をモチーフとした作品群で、山口蓬春のものが流石の出来栄えで目を引いた。
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(沢山写真を撮ったが、途中で不具合が起き消えてしまった為、画像はネットから引用)

静謐な時が流れ、しかも無料という点も好ましく、この日は開いていなかった企業資料館の見学も充実の展示だというから、是非とも再訪したいと感じた。
新幹線の線路下の隧道を抜けて資生堂の向かいにある掛川市役所にも足を運ぶ。パラボラが突き刺さったような外観が特徴の建物は、中に入ると各フロアが階段状に現れるという凝った作りで、下から見上げると巨大な雛段のように見える。
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その壮大さに「新掛川城だな・・・」との感慨を抱いてから、役所の立つ丘を下ると天竜浜名湖鉄道の市役所前駅に。この格差がなかなか味わい深い。
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電車が来るまで、駅のベンチで掛川駅で買い込んだ「パンの郷」のクラウンメロンパンなどで腹を満たす。メロンパンは中にメロンクリームが入っていて意表を突かれたが、淡くメロンの薫りが漂う品の良いものでなかなかに美味しかった。
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そうこうしているうちに12時となったが、流石茶所、茶摘みの歌が流れて旅情を誘う。この路線は1両編成で、里山から里山へ進んでいくから、茶畑や畔の菜花、それに柴山や路地脇にぽつりぽつりと咲く早咲きの桜が次々と現れては消えて目を楽しませてくれる。
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その上、戦前からの駅舎が数多く残っていて、これもあって停車が苦にならない。ある駅などでは駅舎に子供の習字がずらりと並んでいて微笑ましい気持ちにすらなった。目的の天竜二俣駅はそれらの駅の総本山のようなもので、星霜を感じさせるホームや駅舎、それに現役の転車台もあってその道の好事家には堪らない聖地であるようだった。
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ここから川沿いの土手の春の花を愛でたりしている内に15分ほどでお目当ての秋野不矩美術館が見えてきた。そのアプローチは長くくねる急坂で、館は難攻不落の城のようにも見える。
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息を切らして上り詰めると、一目見たかった美術館の全景が広がる。
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ここは秋野女史が度々訪れたインドの土塊で作られた建物を模したもので、確かに異世界感があって心揺さぶるものがあった。この雰囲気を出すために、藁を混ぜ込んだ土を塗ったようで、近づいてみるとそれがよく判る。
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女史直々に建築家の藤森照信さんに依頼したというが、この出来には深い満足を得たろうと思う。展示は女史の作品を中心としたものだったが、展示スペースがさほど大きくないので数は少な目。それでも裸足で展示室に入ってもらい、土の雰囲気を足裏からも感じさせて、作品にシンクロしやすい趣向を凝らしていることから臨場感はかなり高く、なかなかの工夫に感じ入った。

この後、この町で生まれたという本田宗一郎の資料館に足を運ぶも休館とのことで、
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隣の清瀧寺で信長により切腹させられた家康の長男信康の悲運に思いを馳せ合掌してから、
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その幽閉先であった二俣城址へ。戦国時代の山城だったこともあって、急峻な階段を二度登る。城下公園脇の階段は生家近くにあった大階段を彷彿とさせて懐かしかったが、感傷に浸っていると足を踏み外しそうになるので、昇降に集中して難は逃れた。
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天守台から下を覗くと崖下に暴れ川で名高い天竜川がかなりの水量で下っていて、それを越えてもなお断崖絶壁になっているから、こちら側からの侵攻は事実上不可能であろう。その堅牢ぶりを窺い知ることが出来た。
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誰もいない城址を歩いているうちにふいに小学校五年生の頃に山岡荘八の「徳川家康」全26巻を踏破し、この二俣での信康と母築山殿の悲劇の場面では気が塞がった記憶が甦る。初めての地なのに妙に懐かしい感慨にふけりながら、恐る恐る階段を下って街に戻った。社宅で過ごしていた幼少の頃は飛ぶように階段を降りられたが、今はとてもできなくなっていた。随分老いたものだと少し寂しい思いがした。
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2019年2月23日 (土)

東急バスで観梅温泉(下)

競艇場から大森に戻って、駅前から森07上池上循環に乗り、本日二軒目の観梅をすべく池上梅園へ向かう。バス停には親切にも「大坊前」で降りるように誘導しているので、その通りに下車して梅園へ。
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天気が良いからかデイサービスのお年寄りを載せたワゴン車が渋滞し、園内はそこから吐き出された車椅子のお年寄りで渋滞と、花の盛りらしい風景が展開していた。以前に訪れた時より綺麗に整備されていたが、梅自体は特に増えたわけでもないようで、さらっと園内を一周して切り上げる。
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ここから近い国道1号沿いの本門寺裏バス停へ行ったら、1時間に1本しか走っていない森01系統蒲田駅行きが来たのでこれに乗って一気に蒲田駅へ。池上駅経由で乗り継ぐことを覚悟していただけに、直通でスムーズに蒲田に着けたのはとてもラッキー。おまけに降車場所の目の前が目的の中華食材店「友誼商店」でこれまたついていた。
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ここはかなりの食材が揃っていて、間もなく底をつきそうな青麻椒があって嬉しい驚き。たっぷりサイズの麻辣醤がこれで300円だったので買って帰ったら、爪の垢ほどでも充分辛い逸品。流石四川製造。吉香居という泡菜の瓶詰で有名なメーカーのようだ。
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ここから西口に転じて「光屋」では贔屓の「瀧自慢」の滝水流の生酒を購入、
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その後一休みすべく気になっていた喫茶店「チェリー」へ。
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午後遅い時間だったが、食事をとる老夫婦や名物のホットケーキを頬張る学生のグループも居て盛況の店内。
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こちらはウィンナーコーヒーの甘いクリームを存分に堪能して疲れを癒し、再度駅前に戻って井03大井町行バスに乗り蓮沼駅へ。さらに疲れをほぐそうとはすぬま温泉へ足を運んだが、ここは改装以降地元の需要を掘り起こし過ぎたせいで大混雑していて、湯船で足を延ばせないような状況。
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それでも温めの炭酸泉にたぷたぷ浸かって幾らかHPを回復させ、また蓮沼駅から井03に乗って池上駅前へ。行きつけとなっている池上食堂でいつものようにカツ煮で一献すれば、小旅行の疲れもゆっくりほぐれて心地よく酩酊できることは約束されている。
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帰りがけ、武蔵小山の「井門」が閉まってしまった代替候補の「菜香楼」に立ち寄り、蒸しパンと肉まんを買って帰る。蒸しパンは目が粗く最初「ん?」と思ったが、癖なくやわらかな甘みが次第に広がってなかなか美味しい。
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肉まんも皮がふかふかで、餡もしっかりとした肉質を味わえるし、後味もくどくなくてとてもいい。これならばなかなかいけそうな予感がする。
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以上、8本のバスを乗り継いでの小旅行だったが、なかなか盛り沢山に楽しめた一日だった。
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2019年2月20日 (水)

東急バスで観梅温泉(上)

歳を重ねて冬の寒さが骨身に沁みるようになってから、梅の開花が待ち遠しく感じられるようになった。中国の人々が梅を尊ぶのは、陰暦の新年に最初に咲く花であることに気づいてから、更に梅への親近感が増した。昨年は西嶺町へ観梅にいったけれども、今年は得意の一日乗車券、それもバスのものを駆使して観梅のはしごとしゃれこむことにした。

まずは環七まで出て東急バスの森06新代田行の乗車してスタート。このバスは大田・目黒・世田谷を縦断するなかなかダイナミックな路線で、世田谷方面に出る際には以前から重宝していた。終点のひとつ前、代田四丁目で降りて「梅が丘」の地名の由来にもなった羽根木公園の梅を見に行く。
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途中の住宅街には某公営競技を取り仕切る一族の豪奢な邸宅があったり、その門前に犬の糞があったり、世田谷名物の急な畑があったり、住んでいる品川とは異なる文化圏であることを感じる事象が多発してなかなか面白い。

公園ではせたがや梅まつりと題して、出店や植木の露店が出たりしていてなかなか賑々しかったが、店員の老爺と客の老婆が怒鳴りあう場面に遭遇。世田谷らしい自分の正義をどんな場面でも押し通す我の強さに興醒めしたが、梅はそんなことには我関せずであちこちでほころんでいて、春を嗅ぎつけたメジロと人々を楽しませていた。
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ひとしきり見物して、再度森06に乗ってこんどは大森駅まで一気に南下。駅東口から無料のバスに乗って到着したのは平和島の競艇場。ここに大層旨い煮込みが売っているという風聞を聞きつけての訪問となる。

大井町の信州酒場浅野屋が閉店して以来、旨い煮込み難民になってしまっていて、一時大森の蔦八に救われたのだが、そこもすぐに店主の高齢化で地元の酒場が経営するようになってありきたりの煮込みになってしまい、あてどなく彷徨う日々に終止符を打とうという魂胆。

店は”煮込みの店”と銘打つおおこし。店をくぐると確かに旨そうにグツラグツラ煮えている大鍋があってひどく食欲をそそる。
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煮込みライスという煮込みと丼飯だけの潔いメニューがいかにも鉄火場のものらしくていい。
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いざと喰らうと、ホルモン・フワ・ガツの三種と蒟蒻が微妙に異なる歯ざわりのハーモニーを奏で、味噌をベースとしたこっくりと潔い味付けと相俟って確かに旨い。芝浦直送の新鮮なもつを使っているとの触れ込みだけあって、あの独特の臭みは皆無でそれぞれの部位の真の味が存分に味わえるというのが特筆もので、白飯とともにあっという間に掻きこんでしまった。なるほど、これは旨い。

よく行く大井競馬場は妙に綺麗になって、昭和の残り香は抹殺されてしまったが、ここには日払いの金を握りしめてヒリヒリしたギャンブルに打ち込んだ者たちの精気がいくらか残っていて、それが鍋に乗り移って一味増しているように感じられた。

入場料が100円かかるが、競艇は固いレースを買えば大概当たるので、1レースやればその分はおおよそ取り返せると思う。(今回もそうだった)機会を見て、またこの煮込みは食べたいと思う。

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↑競馬場のハロー掛け替わりにゴミ拾い船がレースごとにやってくるのが印象的。

2019年2月16日 (土)

岩塚製菓贔屓

一時購入頻度が上がった「黒豆せんべい」。煎餅は軽く、黒豆は香ばしく、塩加減も良くて後味もさっぱりとしているから、見かける度に手を伸ばしていた。
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難点なのは食べ過ぎると豆が多いせいか便秘気味になってしまう点。なので食べたらバナナとヨーグルトも一緒に補給するようにしたら、いくらか改善されるようになった。なんていう会社が作っているのかな・・・と裏面を見ると長岡に本社を構える岩塚製菓のものだった。


岩塚と言えば、「田舎のおかき」も熱烈に支持している商品で、昨今はこちらを買うことの方が多い。
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これまた軽い歯ざわりと、醤油過ぎずみりん過ぎない絶妙な味付けが心をとらえて離さない。元々は京都の「船はしや」の山椒あられの代替として、これに香港で買ってきた四川青山椒をたっぷりふりかけて食べていた。これがビールにも合う素晴らしい出来で、家人などは仕事で疲れた日のご褒美として愛用していて、たくさんまぶして食べることから青山椒が間もなく底をつこうとしている。

私はと言えば、青山椒を挽くのが面倒だからそのまま食べることも多いが、先だってこれも香港で買ってきた火鍋の素をちょいと乗せて食べてみたら、見事にスパイスが引き立つ味わいになって貪ってしまった。このおかきはシリーズ化されているが、是非山椒や胡椒を利かせた酒のつまみにもなる「麻椒味」の発売をしていただきたい。

2019年1月30日 (水)

鈴本で初笑い

家人と共に気に入っているホンキートンク、それに正楽、一之輔、さん喬が出るというので久々に鈴本へ出かけた。

アメ横デパートの地下で腐乳を買ってから、上野駅の方へ歩いてしばらく行くと「翁庵」の古風な店構えが見えてきた。ここは小沢昭一さんの贔屓だったと聞き及んで、いつか行こうと思っていた店で、入ってすぐの席の横に小沢さんのサインが飾ってあって嬉しくなる。名物は葱せいろとのことでこれとぬる燗に板わさを頼む。
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板わさの飾り切りや樽酒に漂う杉の薫香が、いかにも昔気質の蕎麦屋の風情を留めていて嬉しくなる。葱せいろはゲソのかき揚げも入っているが、意外とあっさりと頂けて腹八分目に仕上がったので、眠くなりやすい寄席の昼席前には丁度よい具合。この辺りが小沢さんのお気に入りの所以なのかも知れないなと思った。
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この日の鈴本は団体客で7割方の席が予約されていて満員御礼。早めに並んだお陰で、最前列の席に座れてたっぷり楽しめた。

一之輔さんは初めて彼を知った時と同じ噺の「短命」だったが、愚妻が夫を転がす辺りは随分脚色されていて、それがいずれも申し分なく面白くて舌を巻く。そういえば前座がひどく喋り方が似ていると思ったら弟子だったようで、不敵な面構えが師匠譲りで期待が持てそうだった。

正楽さんには「梅園!」と声をかけたお題が採用されて切り絵を頂戴することが出来たし、ホンキートンクも手堅い熱演を見せてくれたし、大変満足の行く初笑いだった。
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↑梅園A面
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↑B面。「初鰹」以来10年ぶりで頂けたので感無量。

2019年1月20日 (日)

横浜紅谷と桔梗屋

年末実家との忘年会に出かけたら、帰りに「横浜紅谷」の和菓子を持たせてくれた。練り切りもあり、栗鹿の子もあり、そのいずれもが優美な姿でなかなか見せてくれる。夏の終わりの時に頂いた菓子には、かすかな塩味を感じたが、今回は豆のほっくり具合を感じられる品の良い甘みで、固すぎず緩すぎずの餡の具合は、暖かい緑茶のお供として大変良かった。
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年初に川崎市民ミュージアムで田中絹代の「おかあさん」を観た帰りに新丸子の桔梗屋に寄ってみた際には、新年らしい寿の字の練り切りを購入。こちらはかなり餡が緩くて慎重に持ち帰ったつもりが、やや形が歪んでしまった。店頭で実演販売をしている大判焼きなど焼菓子の方が得意なのかもしれない。

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