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2019年3月31日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(上)

18きっぷ旅の御伴はやはり内田百閒の「阿房列車」以上に好適なものはない。読んでいて旅の途上の自らと百鬼園先生とが入り混じって紙上を走っているのか線路上を走っているのか定かではない瞬間があって、その忘我の感じがたまらない。

けれども先生が心浮き立たせて乗車した一等車の感じがなかなか味わえずどうしたものかと思案したところ、長距離をグリーン車で移動すれば擬似できるのではないかと思い付いた。生来の貧乏性から「できるだけ長く乗るには・・・」と調べたところ、湘南新宿ラインの始発が逗子から出ているとのことで、一旦南下してから終点の宇都宮までグリーン車で行くことにした。

逗子で用事を果たさないのは勿体ないとここでも貧乏性が発症して、屈指の高級住宅街披露山にある公園から富士と桜を眺めようと、駅前からバスに乗る。
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時間のない忙しない旅程だったが、秒速10㎝でしか歩けない御老人の乗降で相当に時間がかかったりして、急峻な披露山を速足で登ることになり、朝からゼイゼイ言ってようやく頂上に着く。
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しかしここは海風が冷たいからか桜は咲いておらず、期待の富士の峰も見当たらない。そうしてよくよく目を凝らすと春霞が富士山を秘匿してしまっていた。
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↓期待していた景色はこのようなもの

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↑展望台眼下には豪壮な住宅が数多ある。どれが小田和正のでどれが松任谷由実のなのかは知らない。


ある意味壮大な神隠しを見れたのは稀有なことだと積極的に理解して、早々に下山して駅へ戻る。この山の住人はもはや自分の足で山の昇降が叶わぬと見えて、朝から老人一人を乗せたタクシーが頻繁に通る。麓に降りるとドアミラーがユニオンジャックになったミニがビュンと行く。いずれにも気恥ずかしさを覚え、この辺りがあまり逗子葉山を好きになれない訳なのだと気付く。

駅に戻ると乗ろうとしている列車の発車五分前で慌てる。「グリーン券はJREポイントで交換したものを駅の券売機でスイカに読み込ませるように」となっていたが、慌てていて普通にグリーン券を購入してしまい焦ってしまう。改札で事情を話したら、即返金してくれたので再度挑戦したら無事発券されたので急いで乗車する。
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朝からゼイゼイドタバタと続いたが、矢張り欲張ると碌なことにならない。

グリーン車は大して乗り心地は良くないだろうと思ったら、意外なことにとても快適だった。
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↑SUICAを使った着席システムが洗練されていていい

二階席からの車窓はいつもと違った視座になり、大船の線路沿いの水景は初めて見られたし、慣れ親しんだ御嶽山駅の交差も下からの眺めをきちんと堪能できて、乗車1時間半で荒川を越えて行くまで飽きずにあっという間に時が過ぎ、自分でも驚く。
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走行音が不思議なリズムなのも面白い。「タタタタタタ」というスタッカートを利かせた細切れの拍子で、機械時計の秒針のようでもある。さながら自分の移動している時間が鉄路に刻まれているように聞こえ、耳に障らぬ絶妙な通底音が心地よく、百鬼園先生の気分に肉薄したという事も相俟って高揚感に包まれた。

その後埼玉を抜け栃木に入ると畑ばかりが続く景色になり、
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阿房列車の御供であったヒマラヤ山系氏の著作を読んでさらに気分に浸っていると、
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もう宇都宮に着いてしまった。JR東日本の計らいでこれが追加料金600円相当で楽しめたのは誠に有難かった。
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2019年3月29日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(下)

内房線を北上する。時々チラチラ見える内房の海は優しげな表情で、行こうと思っている大貫の海もそうであってほしいと願う。
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1時間ほどで駅に着くと、いかにも昔風の駅舎で嬉しくなる。
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ここから南に15分ほど歩くと大貫海岸に到着。
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季節にキス釣りでも・・・と思っている地で、宿の候補であるさざ波館と目の前の釣具屋の様子を覗いてから砂浜に出る。
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外房とは一線を画す嫋やかな波の音が草臥れ果てた脳と身体に優しい波動を送って、身をゆだねると砂浜と同化してしまいそうだったから、それを避けるべく突堤に向かい尖端で胡坐をかいてただただ霞む春の海を眺める。
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するとこんどはくぐもった海にぐちゃぐちゃの脳と身体を預けてしまいたい欲求がさざ波のようにひいては返すので、念の為突堤のコンクリートに爪を立てておく。そんな気を紛らわそうと、千倉の小間惣で購入した菓子折を開いて、おはぎをパクつく。海沿いで食べたからだけではなく、餡にしっかり塩気が施されているようで、確かに海の街の餡の味がした。
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千倉ではくっきり晴れていた空は薄曇りになったが、ひねもすのたりのたりするには好都合で、海への同化欲が治まってからは呆けたように小波が寄せるのを眺めた。
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いい加減に飽きて駅に戻る道の途中では雲が重く垂れこめてきて、また頭のずぶずぶ感が昂進してきて難渋するが、大貫駅の線路わきの野の花が心を和ませてくれたのでどうにかやり過ごせた。
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また内房線を北上して木更津で乗り換え久留里を目指す。
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近々自らの誕生日を迎えるので、そのための主肴として名産のホンモロコとお気に入りの銘酒福祝を手に入れようという算段だったのだが、モロコを扱っていた魚屋が店を閉じてしまっていて調達は叶わなかった。隣の藤平酒造の直売所で聞いたら、少し前から休業状態とのことで残念。やむなくここで「福祝本醸造生槽口しぼり」を購入し、駅近くの観光案内所で和菓子用の黒文字のようじを買って駅へ行く。
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用事があっという間に済んでしまい、駅で30分以上向うに見える見事な白い木蓮を眺めては、偏頭痛の波を腹式呼吸で迎撃するも概ね劣勢でぐったりしてしまう。そんな状態だったので木更津から千葉に着いた際、京葉線のトラブルで隣の番線の列車に乗ることに心変わりして階段を下っていったら足を踏み外して、危うく派手に転倒するところだった。苦心惨憺の旅だったが、「さしたる目的がない旅に無理して出かけると碌なことにならない」という教訓を得ることは出来たので良しとする。

さて、数日後、自らの誕生を祝う膳を整えたが、先述の通り主肴と目していたホンモロコが不在であるのに加え、家人も遠来の先輩に誘われて呑み会に出かけてしまい、結果「独宴会」ということになった。それでも念を入れて買ってきた鰹の焼津造りや筍・蕗・湯葉・弾けたらこの炊いたのなど、春を感じる肴を揃えて買ってきた「福祝」を飲んだら、これがぴちぴちと新鮮極まりない佳酒で、旨くて旨くて盃をあげる手が止まることを知らない。
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そうしてそれが旨過ぎるがゆえに、どうしようもない寂寥感が押し寄せてきて処理に困る。これから先はこういう風なのかな・・・と思って蕗の薹の白和えを口に入れたら、いつにも増して苦みが強く感じられて閉口した。

2019年3月27日 (水)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(上)

子供の頃、夏になると海水浴をしに房総の千倉に家族で出かる習慣が数年続いた。平成になる直前に行ったのが最後で、思えばそれが家族そろっての旅行の最後だったように思う。平成も御仕舞となる機にどうなっているのか見てみようと出かけることにした。

しかし生憎前夜の天候が荒れ、そうした夜に訪れる不眠症状が放っておいてくれず、半睡半醒を倦むまで繰り返し朝を迎えてしまう。起きがけ動けてしまったので出かけたが、すぐに失速して目を開けているのが面倒なくらい脳がずぶずぶしている。列車では気が立って眠れない性質だから挽回することも出来ず、目をつむって引き続き半睡半醒、まんじりともせず内房を南下する。そろそろ木更津というところで目を開けたら、少しだけ脳のずぶずぶが引いていたので、降りて館山行を待つことにする。
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↑ホームに珍しい軽食の自販機が

30分ほど行くと往時フェリーを降りてから乗り込んでいた浜金谷駅に着く。客が立て込むだろうと見込んでいたが、今はアクアラインがあるからこれまでの駅と同じく1-2名が乗り込んでくるくらいで寂しい。いつだったか、帰りがけに大きな地震があって随分立ち往生した保田も過ぎて、また目を閉じ30分揺られて館山に到着する。
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いかにも温暖な気候らしい駅の雰囲気で好ましいが、こちらの脳は相変わらずグチャついていて、そこから引き揚げてきたふにゃふにゃの地図は判読も難しく、目当ての「伊勢屋」の一本手前の筋を曲がってしまうという失態を犯し、ようやく見つけた時にはまた脳が重ったるくなっていた。
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手早く旨そうな三種大福盛、それに房総名物太巻きと興味をひかれた鶏めし握りを買った。そうまでしたのに、これらを食べる事は叶わなかった。千倉へ向かう車中、またまた半睡状態だったものだったから、千倉駅に到着した時に朦朧としていて座席に餅や飯の入った袋を置き残してしまった。駅の跨線橋でそれに気づき、今日の昼飯とお八つを乗せた列車を見送る気分はいいものではない。
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駅員に事情を話すと「鴨川で保管するようにしましょう」というので「ここから鴨川までどれ位かかります?」と聞いたら「30分ですね」という。次の列車は1時間半後だから、太巻を取り返すのに2時間かかる。戻ってくるのも優に1時間は下らないだろう。もはや大仕事になってしまう。鴨川からここまで折り返しの電車で持ってきてもらえないかな・・・と淡い期待を抱いたがそんな申し出は全く脳裏にはない様子だったので、「では見つけたら処分してください。餅と太巻が入ってます。」とだけ伝えると「はあ」とヒマラヤ山系君のような心許ない返事。鉄道の職員は時代が移り変わってもこんな感じのものかなと思って、構内の観光協会でレンタサイクルを借りに行くと、電動しかなく1,000円だと言う。ここでも当てが外れ、なんだかクサクサした気持で駅前に出る。
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最近整備されたようで、まったく馴染みがない。父が駅前の土産店で外国産の貝の煮貝を高値で買って失敗した記憶があったが、そんなだからか無残な廃墟となっていた。悪どい商売は身を滅ぼすことをまざまざと知る。

ぐったりして重たい身体を乗せるのだから、結果論だが電動自転車で良かった。何しろ駅を出て漕げども漕げども海が見えず、うぐいすがホーホケキョホーホケキョと鳴くばかりで一向に要領を得ない。脳内の地図は相変わらずふにゃふにゃのままだし、飯は無くすし、行けども行けども海の気配はないし、それともまだ夢を見ているままなのかな・・・と訝しがる頃になってようやく砂浜が現れる。
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大体千葉の海はなかなか姿を現さず愛想が悪い。そうしていざ会ってみると波が逆巻いていて愛嬌がない。波間にはラッコのようにぷかぷかと黒いサーファーたちが浮かんでいて目に障る。脳が色々あってフリーズしていて感興を催す空き容量がなく、ついて出るのは悪態ばかりで我ながら情けなくなる。

早々に目的を果たして御免蒙ろうと懐かしい港に着いたら色々思い出して、臍の曲がりも少し直る。
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↑ウマヅラハギを見釣りした岸壁。土産にカワハギの干物をよく買ったことも思い出した。

隣接する磯には海水プールがあったはず・・・とそこに向かうと無残な姿が。
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↑生まれて初めてメジナを釣った磯

しかも鮑や栄螺の密猟が絶えないようで、監視カメラにずらっと取り巻かれている有様。ウロウロしていて事案化しても面白くないので、この近くにあった定宿の民宿を探すが、意外と道が入り組んでいてそれらしき建物が見当たらない。それどころか、あちこちに空地があって、目当ての民宿も更地になっている可能性も高まる。記憶のとっかかりになるものもなく、当てなく住宅地をぐるぐる回っていると、泥棒の下見にでも思われそうだったから、一旦諦めてとりあえず南の平磯の花畑へ進路を変える。

途中花大根の白い花と磯と海というなかなかそぐわない風景が続いて、いよいよ夢かなと思うが日差しがジリリと頬と額を焼くから、夢ではないようだ。
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そんなこんなで平磯につくと、花畑は点在するものの、それを眺める公園や休憩所は見当たらない。
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畑の真ん中でぼうっと立っていて、花泥棒と思われても面白くない。したがって、滞在2分で折り返し千倉駅へ。

途中、もう一度漁港から「ここかな・・・」と思った道を上がると果たして定宿に行き当たる。今は閉鎖してしまったようで門は閉ざされていた。
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向かいのカップヌードルの自販機が置いてあった釣具屋は、ガソリン配送の拠点に変わってしまっていた。
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とにもかくにも所期の目的を果たして、ぐったりした身体を抱えて電車に乗り込んだ。もちろん、大福と太巻が帰ってくることなどなかった。千倉に通ったあの頃がもう二度と帰ってこないのと同じ道理である。
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2019年3月24日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:焼津酒蔵巡礼(下)

まずもっての目的である磯自慢の酒蔵を見物して、昼飯を調達しに南西にある「サスエ前田魚店」へ向かう。磯自慢の蔵から南下して川にぶつかったら西へ進むという道順をとったが、川沿いの西行きは川筋を抜ける強い西風が吹き付けて思ったよりも前に進まず、しかも乾いた冷たいものだったので痛いくらいに額を撲っていくので相当に骨が折れた。観光協会のご婦人の憂慮の訳をここで初めて知らされることになる。
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それでもようやく到着したサスエは刺身が抜群であることで名を馳せていて、そこが作る寿司や丼だから絶品だというので足を運んだ。12時にならないと弁当類は出てこないというので15分前に行ったらやはり陳列されていなかったので、近くの公園で寒風にやられた身体を陽にあてて養生してから戻ると、賑やかなネギトロ丼といった感じのものが一種類、5点ほど置かれただけだった。

その後も出てくる気配はなかったのでやむなくこれと、これもお勧めというびんちょう鮪の刺身を買って海沿いのふぃしゅーなを目指そうと思ったが、寒風によるダメージが大きく次第に偏頭痛がしてきたので、これ以上風に吹かれるような場所にいるのは困難と判断して、先程陽に当たった公園に向かい、「ここを食卓とする」と宣して午餐を摂ることにする。
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何とはなしに女子向けの雰囲気がするネギトロ丼はいくらや賽の目切りの玉子焼きも載って、目には楽しいが鮪の旨味や醍醐味はどこに隠れたのか一向に現れない。びんちょう鮪も、立ち食い寿司で食べるあれとさして差異はない。どうも予約をして誂えてもらうようなものでないと、その実力は味わえないものらしい。

結構な空振りをしてしまい、しかも酒を口にしてしまったので自転車に跨りトボトボ歩くことになり、その怪しげな風体から通報されて事案化しないかびくびくしながらようやく駅まで戻るはめに。我ながら閉口した。

ここからバスに乗って北に向かうとすぐに菜花が一面咲き乱れている堤に出ていかにも気持ちが良さそうだったから、こっちで飯を食えばよかったと恨めしく思う。その後も菜花は間断なく、庭先に畔に川端に路地に隙間を見つけては咲いていて心を和ませてくれる。
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目的の岡部宿には初亀の蔵と昔の旅籠の建物が残っているという。そこに向かう旧東海道沿いに小川が流れ、河畔には菜花が咲き早咲きの桜が流れを覆うような景色があって、いかにも春めいていて心が弾む。
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野辺の花を愛した荷風をストリートビューの黄色い彼のようにここに召喚したならば、満足げに下駄を鳴らしてテクテク歩き続けるように思えた。

直に初亀の酒蔵が見えてきた。先程飲んだ限りでは最後の後口に今少し品格があればという出来だったが、次の機会では小川の景色を思い出しながらの一献となるだろうから一味増して旨かろうと思う。
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さらに行くと岡部宿の旅籠「柏屋」に着く。なんとか観光の目玉にと意気込んだようだが、資金が足りなかったのか本陣跡は簡素な立札があるだけで往時を偲ぶよすがもなくて肩透かし。
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広場でぼんやり花を眺めてから、近くのいやし庵なる白飯が売りの店で夕飯用の握り飯を買って、早々に立ち去ることに。これで春の小川の景がなければ連続して肩透かしを食らうところだった。
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無駄に立派なバス亭でも寒風に曝され、
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いよいよ偏頭痛が気分を支配してしまう仕儀になり、どうにか緩和しようと駅前の温泉施設へ行って入浴するが、塩気のある泉質で妙に温まりすぎて、今度はどくどくと脳を脈打つのが煩くてしかたない。
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それがあるから午睡もかなわず這う這うの体で電車に乗り込む。
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前回随分楽をさせてもらったホームライナー沼津に今度もお世話になる算段で、静岡の駅ビルでビールのアテを物色することにしたが、どこにでもある店ばかりで面白みがない。

ようやく見つけた練り物屋は地元の店のようであんまり賑わっていなかったが、好物の薩摩芋天(ここでは”おいもさん”といった)があったので買い込んで、悠然ふかふかの座席につきささやかなる夕餉の時間に。少しぽそぽそするが、混じりっ気のない素朴な味わいがいい”おいもさん”は腹持ちもいいし、ビールにも合う。
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丸めて串にさしたりすれば、随分見栄えも良くなって売れそうな気がするが、どうだろうか。岡部で買った握り飯はきちんと塩気が利いた握り飯で、美味しかったが吃驚するほどのこともなかった。
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たちまち沼津まで走り抜けて、熱海を出て小田原に差し掛かった頃、座席下のヒーターの熱気が増してくる。そこには焼津で買う時に「冷蔵保存でね」と店の方に念を押された喜久酔の四合瓶が保冷剤と共に簡易な冷蔵パックに入っている。そのシールドは薄く、熱風をどれくらい持ちこたえられるものか・・・・知らぬ間に第三新東京市下でヤシマ作戦的なものが展開しはじめていて、シンジ君にでもなったつもりでエントリープラグにも似た冷蔵パックを開けて「キクヨイ!」と声を掛けたら、まだ十分冷たくてニコっと笑いかけてきたから安堵した。
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↑無事自宅に辿り着いた喜久酔と磯自慢。県内向けの磯自慢は1升2千円と格安で、帰京する強者サラリーマンが3本購入していた。但し、その酒質は馴染んだ磯自慢のものには程遠く、ごくあっさりとした味わいで別物に近い。

そういえば、静岡の練り物屋も蒲「菊」だし、和菓子の「白喜久」といい菜花の季節によく菊に出会った不思議な旅だった。

2019年3月22日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:焼津酒蔵巡礼(上)

掛川で飲んだ「開運」のあまりの旨さに、静岡が日本酒王国であることを再認識させられた。それで調べてみたら、酒蔵が意外と至便なところにあることが判ったので、その中心地となる焼津に行ってどんなところで醸しているのか見てみようという事になった。

この日は座席運が良く、根府川手前で海沿いのボックスシートを独占できたので、朝日に輝く新鮮な海の表情を余すところなく楽しめて上々の滑り出し。
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沼津以西も眼前の富士の峰が右から左から入れ替わり立ち替わり現れては消えて、都度都度愛想を振りまいてくれるので飽きることがない。静岡を越えて少し行くと無事焼津に到着。
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早速観光案内所へ行ってレンタサイクルを借りる。「今日は西風が強くて寒いから生憎ね」と係の方に心配されたが、電動だしさほどの事もないだろうと安穏に構えて出発進行。まずは駅近の「仲野富士男商店」に立ち寄って酒の在庫を確認すると、目当ての磯自慢も喜久酔も揃っていたので、帰りにここで土産を買うことにし、昼飯用に「初亀」の生酒の一合瓶を買う。

ここから南下して、ストリートビューでその店構えに惹かれた「白喜久」へ立ち寄る。思った通り店は清潔で整然としており、商いをする矜持が溌溂と感じられ期待できそうな雰囲気に満ちていた。なので土地の名物らしい味噌饅頭に季節のうぐいす餅、それに銘菓「亀寶」と色々買うことになる。多品種少量でお願いしたので、包装に少し手間をとらせてしまったら、「お待たせして申し訳ございません。」と言われ、とても丁寧な客あしらいで感心したけど、却って恐縮頻りだった。

「亀寶」は鰹節を模した最中で、しっとり気味の皮とほこほこと豆の味わいが前面に出た餡の相性が良く美味しい。その説明書きがいかにも古風かつ丁重で、昔気質の遺風が感ぜられて好ましい。
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家人と共に感心したのは「うぐいす餅」で、餅は柔らかさがありながら歯切れよく、滑らかな餡と薄くまぶされたきな粉の風味と相俟ってとても品がいい。店先には「京きなこ」版のものもあってこだわりが感じられたが、なるほど念の入った一品だった。
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ここから海沿いの道を通ってさらに南下していくと、通りの小さな工場から鰹節の香りが漂ってきたりして、いかにも焼津に来ている雰囲気があって良かった。
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と思っているうちに目当ての「磯自慢」の酒蔵に着く。駐車場には無造作に箱詰めが積み上げられていて、プレミア価格だったり、抱き合わせ販売が当たり前の酒とは思えぬ扱いで少し苦笑。
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中が覗けない障子戸の向こうが直売所となるようで恐る恐る開いて入ると、ご当主の奥様らしき方が現れる。
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山本富士子似のやや圧を感じるいで立ちで、いかにも磯自慢御殿の主という風格がありなかなかに味わい深い。二三言、在庫に関しての何かを仰ったようだけども、現れてすぐ咄嗟のことだったので、何と言ったのかは判然としない。しかし、手頃な四合瓶は見当たらず、やはり帰りに仲野酒店で買えばいいやという結論となり、そそくさと外に出ることにした。

改めて蔵の周りを見ると、目の前には小さな川が流れているが、海と目鼻のところだから潮の干満で水位が上下するような運河のようなもので、運搬には役立ったとしても酒造りには用をなさないだろう。ここまで海に近いとは想像しておらず、そしてまた水に恵まれたようにも思えないこの立地で(住所は鰯ケ島町!)あれだけの美酒を安定して醸し出すというのだから、なんだか手品のようにさえ感じた。何事も一見するに限るなと改めて実感した次第。

2019年3月19日 (火)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:房総右上鼻眼鏡(下)

成田から少し行ったところに、江戸時代の街並みを忠実に再現した「房総のむら」という施設があるというのでバスに乗って目指す。
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途中「〇〇台」と名の付く住宅開発地域を通っては鬱蒼とした山を抜け、また住宅開発地域に・・・というのを数度繰り返して25分ほどで最寄りの竜角寺台2丁目に到着。時刻表上は15分ほどとなっているのに、スムースに流れて25分かかったのはどう考えても設定時間がおかしいように思うが、皆心得ているのか静かに乗車していた。

菜の花に出迎えられて少し機嫌も持ち直して早速入園。
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確かに江戸の宿場町にでも迷い込んだような街並が顕然と現れ、しかもかなり細部まで作りこまれていて破綻がなく、往時の「見世」の雰囲気が濃厚に感じられていい。
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また、いずれの建物も当時の生業を体験できたり、二階部分にも登れるようになっていたりと、きちんと建物が活きているからより江戸へのトリップ感がより高まる仕組みになっている。やるじゃないか千葉。
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その裏手には武家の住まいがあって、ここの縁側で日向ぼっこをした気持ちの良さは忘れ難い。
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少し前なら眼前に盛りの梅を見ることが出来たようで、その隣には立派な枝振りの桜があったから、それこそ当主にでもなった気持ちで愛でることが出来るのだろう。

少し行くと今度は立派な長屋門を備えた豪農の家が。手前にきちんと季節の作物が植わった畑があって、それがリアリティを与えるのに一役買っている。
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ここも先程の武家屋敷同様に中に入って生活道具にも触れることが出来る趣向となっていて、当時の生活を追体験できる。
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予想外の本格ぶりにいささか興奮して、これまたいかにもそれらしい茶屋で一服。きんつばがパッケージ詰めだったのが少し興醒めで、皿で出し房総名産黒文字の楊枝が添えられていれば申し分なかった。
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↑ぬかるみにはなんと筵が敷かれていた。徹底ぶりに感服。

入場門近くの早咲きの桜も堪能できたし、やってみたい体験も色々あったから、次は桜の季節に腰を据えて来ようと思う。
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バスで成田駅に戻って時間があったのでロータリーをぶらりとしているとミャンマーもしくはマレー系の人々が随分たむろっていた。おおよそ近隣のホテルの清掃や畑仕事などに駆り出されているのだろう。疲れた身体と寂しい心を同郷の皆で持ち寄ってなんとかうっちゃっているようだったが、その顔に笑顔は少なく、そうした彼らの手や腰や足でどうにか支えられているこの国の先行きは直に覚束なくなるのだろう。
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嫌な予感を振り払っていると、沿線で看板をよく見かけた和みの米屋が駅前にあったので銘菓ピーナツ最中を購入。、ピーナッツペーストがほのかに感じられ、それが品の良いコクを与える食べ飽きない一品で、その姿形が落花生のそれと全く同じであることも人気の一因なのだろう。
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ここから空港へ行く。飛行機も乗らないのに空港に行くというのは、幼少の頃、海外赴任に出る父の同僚の見送りに行った以来だろうと思う。その時は、まだ成田が開港してなくて羽田に行ったかすかな記憶が残っているが果たしてどうだったのだろうか。今回の目的は第1ビルにある山口晃の壁画を見ることで、機上の人になる訳でもなく、見送る相手もいないのに空港に行くことになる。
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いざ成田駅から空港に行こうとすると意外と電車が少ないし、妙にくねった鉄路を行くからスピードが出ずに随分かかる。ようやく到着した成田空港は一昨年香港に行った時には第3ターミナルにしか行かなかったので、十数年ぶりのことになろうかと思う。「北ウイング」という言葉が見えて、昔中森明菜がこのフロアから「北ウイング」を歌っていた番組の様子が脳裏に浮かび、なんともこそばゆい懐かしさに浸る。
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そんなだから、目当ての壁画は一向に見当たらず案内係に聞くはめに。そうしてようやく壁画とご対面。かなりの大きさで遠目で眺めたいのだが、椅子がずらりと並んでいてそれはかなわずやきもきする。しかし画伯の画の美点は細密な描きこみであって、それは接近して存分に楽しむことが出来た。
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写真二枚目左下が画伯本人と思われるが、これを探す「ウォーリー」的な楽しみ方もできるようだ。暇な時間を持て余す空港の待合らしい趣向で思わずニヤリとさせられる。

折角だから見送る人もないけれど展望デッキに出る。すると、間もなく社名が消えるバニラエアの機体が夕日に映えて滑走路に向かっていたので「お疲れさん」と見送ることにした。
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思いがけず見送る相手が現れた安堵感に包まれ、暮れゆく日にも別れを告げて帰路についた。
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2019年3月17日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:房総右上鼻眼鏡(上)

銚子を走る銚子電鉄は経営不振でいつどうとなるやも知れないという。廃止が決まってからではドサドサ混み合って面倒なことになるから、世間の目を盗んで今のうちに見ておこうと思い銚子を目指した。

その昔、大学のゼミ合宿を御宿でやる時に列車で行った記憶があるが定かではない。ただ、千葉駅を出てモノレールが見えた時に、ここを昔くぐったという記憶が浮かんできた。その程度のお付き合いしかないから、総武本線が房総半島を突っ切って外房の上半分を通って銚子に行くとは知らなかった。
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↑内田百閒が言うところの房総鼻眼鏡。確かに千葉駅を鼻柱とするとそうなる。

千葉駅から数駅で畑だらけの車窓となり、成東あたりからは瓦葺で平屋の駅舎が見えてきて房総を走っている感じが出てきて良かった。しかし外房の地域に入っても鉄路が海岸から離れているので海の様子はまったくわからず、次第に悶々とする。車内では咳をまき散らす老爺、独り言の絶えない老婆、おさげの右が蛍光ピンクで左が蛍光グリーンの少女が入れ替わり立ち替わりに現れ、終いには刺繍の入ったGジャンに赤いスニーカーの男が手にリンゴジュースの1Lペットを持ってがぶ飲みする事態に。化外感を堪能しているうちにようやく銚子に着く。

個人的には長崎や高松などのどん付きの駅は雰囲気があって好ましく思っていて、銚子もきっとそうだろうと思ったらなにやら余計に線路があちこち伸びていてみっともなく見え、勝手に失望してしまう。その途上に銚子電鉄が止まっていて、なんともこのけじめのない感じがらしくていい。
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車両は相当に古く、幼少期に楽しみにして乗った京急の600系を彷彿とさせる。車内にはバズーカを抱えた大きいお友達がのっしのっしと歩いてカシャつかせていて興醒めだったが、車両が動き出すとさすがに席に座ったので安堵する。速度は概ね20㎞程度、また駅に止まるごとに大仰なブレーキ音がして、いかに今の電車が洗練されているのかを知らしめてくれた。

目的地に設定した恋ヶ浜は駅前にキャベツ畑が広がっていて、浜など見えないがなんとなく南国風に仕立てた駅の雰囲気。
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ここまで一切海らしい景色に出会わず、その渇望感が高まっていたので畑を超えて防砂林の向こうに海景が見えたら年甲斐もなくときめいた。
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そうして眼前是海となって、一気にカタルシスを味わう。犬が吠える岬とはどんなものかと思っていたが、こんなものだった。
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外房の海は子供の時分に海水浴に行っていたから慣れっこのつもりだったが、とんでもないとんでもない。
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波濤の手前に石の腰掛があったので、そこで荒々しい波音にもまれながら早めの昼に手弁当を食べた。時折しぶきがかかって、一汐増すのが面白い。
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内田百閒も銚子から車で犬吠埼まで出かけていて、その途上大きな犬に吼えられながら執拗に追われて怖い思いをしたと書いているが、果たしてこれだけの波音を凌駕する犬吠えがあるのだろうか・・・と思いながら、駅へと戻ってまたガタガタ電車に揺られて銚子に戻る。

次に乗る電車まで時間があったのでロータリーをぐるり。勝手に千葉東端の雄とのイメージを抱いていたが、何のことはない田舎の街で少し寂しい。
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そこをつけこむようにレオパレスが駅真ん前に路面店を出していたり、加計学園の千葉科学大学が進出していて嫌な気持ちになる。
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まだ時間があったので、その名も待合室という喫茶店でコーヒーを飲んでいると、そこでの話題は小学校の統廃合。「あそこがなくなったら、津波が来たときどこ逃げんのさ」という切実な話で、多分加計学園に数十億献上してしまっているから、これから市政は増々厳しくなることだろう。
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全く太平洋の荒波で諸々洗い流してしまいたい気分になって、銚子を後に成田へ向かった。今度は利根川沿いに進む成田線に乗っての旅で水郷のような車窓が楽しめるのかと思ったが、特段の変化はない。遠くに鹿島のコンビナートが見えたぐらいの変化だった。花らしい花もあまり見えず、茶色い畑と黄土色の薄野が入れ替わり立ち替わり現れ眠気を誘う。その内遠くの空に着陸態勢の飛行機が何機か見え、急なカーブをキュルキュル曲がったら成田に着いた。

2019年3月13日 (水)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:鎌倉観劇湯河原観梅

18きっぷ2本目は見たかった映画と梅園を求めて湘南横断旅。まずは川喜多記念館で「宋家の三姉妹」を見るべく鎌倉へ。DVDレンタルが出来ずに難渋していた一本だけに期待が高まるが、似たような境遇の人が多かったらしく別の日は完売が続いていたので、上映1時間前にチケットを買うことにして、その後は近くの鶴岡八幡宮と宝戒寺をさっと巡ることにする。

八幡宮は子供の時分初詣に訪れていた懐かしの場所。ここに上がるまでにひどく苦労をした記憶が甦る。
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そうして何をお願いしたかと言えば「見当たらないマイナスドライバーの件で親に怒られませんように」という涙ぐましいお祈りで、霊験あらたかなる所以もあってか、うやむやになって叱られることはなかった。これまた懐かしい干支の土鈴を横目にして宝戒寺へ。ここは初めて来たが鶴岡の至近にも拘らず観光客は皆無で、静寂の中咲き誇る椿と枝垂れ梅の共演を楽しむことが出来て拾い物。
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↑椿の袂にはふきのとうが。春が来たことをしみじみ実感。

そこからすぐの「美鈴」で予約しておいた和菓子を受け取って、記念館に戻るとやはり完売の札が立っていた。
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映画は30年前のものだからやや大仰な演出もあったけれども、それが逆に激動の時代に翻弄された姉妹に現実味を与える効果を与えていて、2時間半たっぷり楽しめた。
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余韻は小町通りの雑踏に打ち捨て、大船経由で湯河原を目指す。途中サンドイッチを頬張り、うっとりするような春の日差しで眠気が高まったところで湯河原到着。
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↑国府津を越えたあたりで見事な富士山に見蕩れる。

名高い幕山梅園へはバスで赴く。バス停から公園のスロープを登っていくと、一気に視界が開けてこの風景が。
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荒々しい山と淡い色合いの梅との対比が美しく、桃源郷ならぬ梅源郷に来た思いがした。梅は山裾の急勾配に植わっていてしかも足元はまるで整備されていないから、ご老体が多い見物客の渋滞が起きていた。そこそこの高さまでは10分ほどで到着して、相模灘が臨めるベンチに腰かけて春の気配を存分に楽しむ。
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ここは梅園の中を巡るよりも遠景を愛でながら、ふきや筍それに鯛の子などの炊き合わせたのが入った春らしい弁当をゆったり楽しむというのが向いているかもしれない。

取って返して、隣の熱海まで移動。卒業旅行なのか若者が多く、このところ名をあげたプリン屋には30mほどの大行列が出来ていて苦笑い。こちらはさらに坂を下り、見事な早咲き桜の角を曲がった「福島屋旅館」でひと風呂浴びる。
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夕方だから混んでいるかなと思いきや、男湯は自分だけで終始独占。小さい湯船しか貯めていないからなのか、いずれにしろレトロな雰囲気の残る浴室と、淡い塩気をはらんだ湯を存分に堪能。
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また桜の所へ戻って、ホテル貫一の横の階段を下るとすぐに目当てのサンバードが現れる。
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昭和の歓楽街にあった喫茶店の風情を色濃く残しているとのことだったが思ったより明るく綺麗で、ソファに座って暮れなずむ海景を飽くまで楽しむ。
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なにを頼むか逡巡したが、風呂上がりで炭酸を欲していたから、この店の雰囲気に合うメロンソーダにしたら、自分でも不思議に思うくらい気持ちが高揚して可笑しかった。
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子供の時分、「すがきや」位でしか頼んでもらえなかったメロンソーダを悠々独占して飲み下す快感はなかなかないものだった。

帰りは前回に続きサッポロの静岡醸造を呷ってだったが、運よく小田原までボックスシートを独占することができ、根府川辺りの暮れなずむ美景に没頭できたのは忘れがたい。
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家についてから鎌倉の美鈴で買った上生菓子を食べる。「柔らかいのであまり揺らさないようにね」と店の女将さんに言われたものの、一日持ち歩いたのでそこそこ揺らしてしまい、恐る恐る箱蓋を開けてみたが問題なく美しい姿が現れて一安心。いずれも申し分のない美しい姿形とはっきりした発色が春色めいていて人気があるのもよくわかる。一方餡は個人的にはやや距離を置く緩めのもので、もう少しほっくりとした豆の味わいが欲しい所だった。
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ほぼ神奈川県内に終始したので疲れも少なく、あちらこちらで懐旧の時に揺蕩うことが出来て楽しめた一日だった。

2019年3月 9日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:掛川春色耽美行(下)

二俣城跡から歩いて少し行くと「二俣本町駅」に着く。

ここで次の電車を30分待つことになったが、古い駅舎のベンチに腰かけて柔らかい春の午後の日差しを浴びながら読書をしていると、日頃味わえないしみじみとした幸福感が沸き上がってきて、これぞ旅の醍醐味という気持ちになる。
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特にこの駅は線路脇が切通の藪になっており、そのアプローチが得もいえぬ鄙びを添えていて郷愁を誘う。
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自分の他には誰も来なかったホームに電車が滑り込んできた時、一瞬「一本見送ろうかな・・・」とすら思われたが、後の予定が詰まっているので後ろ髪をひかれる思いで掛川に戻る。

だんだん日が暮れてきた掛川駅はそれなりに人も歩いていて、後に訪れる焼津や銚子の駅前を思えばまずまず繁華していた。
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↑JR東海らしからぬ人情味あふれるホワイトボードが印象的。

まずは土産をと思い、商店街の兎月堂へ。上生菓子が揃っているとのことで足を運んだのだが、その通り数種並んでいたので4つ買い求める。特に梅に鶯を模った初音は、鶯の羽根を思わせる大胆な造形が楽しませてくれた。
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また「こうらい」との銘の菓子は、村雨・軽羹・羊羹の三層となっていて、軽羹の真白が凛としていて美しい。いずれも申し分なく美味しくて満足した。
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店番のご婦人に「掛川城の桜は随分咲いたわね」と言われたので、行ければと思っていた城へ行ってみると、随分どころか盛大に花を咲かせていて、桃色の幕を河畔にたなびかせている様は、予想外だっただけに殊更美しく見えた。
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しかも、花見に来ている人はほとんどおらず、ドイツ人らしき家族連れの観光客と自分とで石段に座って景色を独占する贅沢に恵まれた。早咲きの掛川桜というそうだが、春爛漫の風趣を存分に味わう僥倖に恵まれて、目当ての酒場に運ぶ足も軽やかになる。

城からも駅からもさして遠くない「酒楽」は14時開店という旅のものにとっては誠に好都合な店で、16時半に店に入るとご常連が二つのテーブルに密集して、あれこれ穏やかに話しながら楽しげに盃を傾けている。
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こちらは入口右手の卓に陣取り、まずは生ビールで喉を潤す。品書を見ると、初鰹が入っているようなので、それとフルーツトマト、それにレバー炭火焼きをアテにする。いずれもワンコイン以下なので、こじんまりとした盛りだろうと見込んでいたら、どれもたっぷりあって嬉しい驚き。トマトは都合3つ分はあったと思うので、スーパーで買うよりも安いくらいだ。その上、質が高いから舌を巻く。
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特に鰹は雑味・えぐみが皆無で、ただただむっちりと舌と歯に絡みつく身が妖艶ですらあり、慌てて日本酒を頼む事態に。それも御膝下で醸す「開運」のしぼりたて生だというのだから、馨しき薫りと淡い泡が口中をさっぱりと洗い、終いに甘美な余韻を残すばかりで、全くもって旨い。危うく「流石静岡!」と声をあげてしまうところだった。もう少し呑みたかったが、この後はご常連タイムだろうし、電車の時間があるから万やむを得ず店を出る。ここは是非再訪したい。

掛川を17時過ぎに出て、18時静岡発の「ホームライナー沼津」に初めて乗ってみたら、暗くなった車窓がどんどん流れて行って随分楽だったし、座席は座り心地よく、途中ビールも楽しめてとても良かった。
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久々の長駆に一抹の不安を覚えての始まりだったが、全く問題なく充実した旅となって甚く満足した。掛川は是非とも再訪したい。
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2019年3月 8日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:掛川春色耽美行(上)

今年の春は暖かく、また家人は仕事が沸騰していて寄ると噴火しかねないから、三十六計逃げるに如かずと思い立ち二年ぶりで春の18きっぷ巡礼に出た。最初に選んだのは静岡掛川。そこからローカル線に乗ってかねがねいつかはと期していた秋野不矩美術館を目指す。久々に4時間近い乗車はなかなか骨が折れたが、小田原手前の酒匂川が朝日に煌く様子や田子の浦辺りの優美な富士の峰に励まされてなんとか掛川に着く。

まずは南口から市が運行するバスに乗り「資生堂アートハウス」へ。予想していた新幹線沿いの道ではなく、建物裏手に降ろされたので少し不安に思ったが、難なく敷地内に辿り着く。琳派様のうねる丘を挟んで企業資料館とアートハウスが並立していて、直線がピシリと決まった清潔な佇まいはやはり谷口吉生らしく、感銘を受けた「せとうち東山魁夷美術館」との相似も感じる。展示は社花である椿をモチーフとした作品群で、山口蓬春のものが流石の出来栄えで目を引いた。
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(沢山写真を撮ったが、途中で不具合が起き消えてしまった為、画像はネットから引用)

静謐な時が流れ、しかも無料という点も好ましく、この日は開いていなかった企業資料館の見学も充実の展示だというから、是非とも再訪したいと感じた。
新幹線の線路下の隧道を抜けて資生堂の向かいにある掛川市役所にも足を運ぶ。パラボラが突き刺さったような外観が特徴の建物は、中に入ると各フロアが階段状に現れるという凝った作りで、下から見上げると巨大な雛段のように見える。
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その壮大さに「新掛川城だな・・・」との感慨を抱いてから、役所の立つ丘を下ると天竜浜名湖鉄道の市役所前駅に。この格差がなかなか味わい深い。
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電車が来るまで、駅のベンチで掛川駅で買い込んだ「パンの郷」のクラウンメロンパンなどで腹を満たす。メロンパンは中にメロンクリームが入っていて意表を突かれたが、淡くメロンの薫りが漂う品の良いものでなかなかに美味しかった。
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そうこうしているうちに12時となったが、流石茶所、茶摘みの歌が流れて旅情を誘う。この路線は1両編成で、里山から里山へ進んでいくから、茶畑や畔の菜花、それに柴山や路地脇にぽつりぽつりと咲く早咲きの桜が次々と現れては消えて目を楽しませてくれる。
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その上、戦前からの駅舎が数多く残っていて、これもあって停車が苦にならない。ある駅などでは駅舎に子供の習字がずらりと並んでいて微笑ましい気持ちにすらなった。目的の天竜二俣駅はそれらの駅の総本山のようなもので、星霜を感じさせるホームや駅舎、それに現役の転車台もあってその道の好事家には堪らない聖地であるようだった。
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ここから川沿いの土手の春の花を愛でたりしている内に15分ほどでお目当ての秋野不矩美術館が見えてきた。そのアプローチは長くくねる急坂で、館は難攻不落の城のようにも見える。
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息を切らして上り詰めると、一目見たかった美術館の全景が広がる。
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ここは秋野女史が度々訪れたインドの土塊で作られた建物を模したもので、確かに異世界感があって心揺さぶるものがあった。この雰囲気を出すために、藁を混ぜ込んだ土を塗ったようで、近づいてみるとそれがよく判る。
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女史直々に建築家の藤森照信さんに依頼したというが、この出来には深い満足を得たろうと思う。展示は女史の作品を中心としたものだったが、展示スペースがさほど大きくないので数は少な目。それでも裸足で展示室に入ってもらい、土の雰囲気を足裏からも感じさせて、作品にシンクロしやすい趣向を凝らしていることから臨場感はかなり高く、なかなかの工夫に感じ入った。

この後、この町で生まれたという本田宗一郎の資料館に足を運ぶも休館とのことで、
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隣の清瀧寺で信長により切腹させられた家康の長男信康の悲運に思いを馳せ合掌してから、
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その幽閉先であった二俣城址へ。戦国時代の山城だったこともあって、急峻な階段を二度登る。城下公園脇の階段は生家近くにあった大階段を彷彿とさせて懐かしかったが、感傷に浸っていると足を踏み外しそうになるので、昇降に集中して難は逃れた。
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天守台から下を覗くと崖下に暴れ川で名高い天竜川がかなりの水量で下っていて、それを越えてもなお断崖絶壁になっているから、こちら側からの侵攻は事実上不可能であろう。その堅牢ぶりを窺い知ることが出来た。
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誰もいない城址を歩いているうちにふいに小学校五年生の頃に山岡荘八の「徳川家康」全26巻を踏破し、この二俣での信康と母築山殿の悲劇の場面では気が塞がった記憶が甦る。初めての地なのに妙に懐かしい感慨にふけりながら、恐る恐る階段を下って街に戻った。社宅で過ごしていた幼少の頃は飛ぶように階段を降りられたが、今はとてもできなくなっていた。随分老いたものだと少し寂しい思いがした。
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