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2019年4月20日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒3

愈々この春の旅も終幕の頃合となり、無事を祝して一献始めようと思う。口開けは新蒲原駅前の酒場岩科に決めていたが開店には少し早く、駅前のロータリーで漫然と時を過ごす。
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この瞬間こそ百鬼園先生がいうところの神聖な空白というもので、なんともいい心持だった。遠望される店先に暖簾が翻ったようだから、腰をあげて店に入る。
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コの字カウンターの一隅に席を得て、最近の静岡銘酒では一番との話もある「英君」の純米吟醸に地蛸ぶつ、ポテトサラダ、それに納豆・とろろ・オクラのネバネバ和えで口開けとする。四十がらみと見える主人は厳粛な雰囲気を纏っていて、名酒場ならではの神経質な人柄かなと思ったら、「桜見物の帰り?」と気さくに声をかけられて緊張も解れる。

蛸は滋味あふれる良質なもので、ねっとり感のあるポテサラもいい。
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何が良いと言って「英君」がいい。濃醇旨口でありながら後口がさっぱりしていて品がある。これが1合もっきりで500円を切るというのだから恐れ入る。その後頼んだ磯自慢の本醸造など歯牙にもかけない見事な酒質で、一遍で贔屓になってしまった。次に静岡に来る暁には由比の山の方にあるという酒蔵に行くことに決めた。

酔いが全身に廻り始めた所で、さっき駅で列車は15分遅れだと言ってたから、乗れないと思っていた25分発がいい具合に滑り込んでくるかもしれないと思い、急ぎ勘定をして駅に行ってみる。
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果たして丁度列車が到着ということになり、時刻表には載っていない列車に乗るという百鬼園先生欣喜雀躍の体験を同じ東海道線で実現するに至って、独り感無量となる。

日も長くなって17時過ぎに静岡駅に着いた時はまだ随分明るい。20時20分のホームライナー沼津の切符を買って、去年の夏に空振りを喰らった駅至近の「こばやし」に行ったら、シャッターが閉まっている。しかし、換気扇は回っていたので開くだろうと思って、パルコで時間を潰して半過ぎに行ったら暖簾がかかっていて安堵した。
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前と同じく串焼きのたんはつにねぎま、串揚げのアスパラと蓮、それにお新香とビールで久闊を叙する。相変わらず肉は荒々しい感じがあり、串揚げも見事な仕上がりで美味しい。
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じきに客が立て込んできたから、早々に店を後にする。勘定は二年前に比べると一割増といったところだが、諸色高直の御時世だけに止むを得ない。

そろそろ頬も上気してきて足取りも軽い。「こばやし」から西北に進むと風情あるネオンが見えてくる。予備店として当りをつけていた「大村バー」だ。
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随分良さそうだったが初志貫徹して門前を素通りし、しばらく行くと目当ての「鹿島屋」の看板が見えてきた。
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宵の口、まだ日の名残で街に赤みがさしている時分に暖簾をくぐる気分は堪らない。まして旅路とあれば猶更だ。
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期待に胸膨らませ、カウンター席に陣取る。ここに来たのは名代と謳うかつおの刺身で静岡銘酒に耽溺するためだから、かつおの注文がまずは通って一安心する。酒は静岡の酒蔵が各種揃い踏みになっていて懊悩したが、先程清見寺で見かけた臥竜梅を思い出してそれの吟醸にしてみる。
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早々に供されたかつおの刺身は流石の迫力で胸が高鳴る。そうしてその分厚い身にかぶりつくと、もちっとした歯応えとかすかな血の香気が堪らなく旨い。
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やや軽めの調子の臥竜梅がそれをさっぱりと洗い流してくれ、それでいて微かに血の余韻を舌に漂わせるのが心憎い。ここに生しらすと桜海老があれば春の静岡の満漢全席とでも呼べようが、今年は不漁で二将は参陣ならず。些か心残りだったのだが、御大将鰹の旨さにそんなことはどうでもよくなった。

春といえば突き出しに出た筍と蕗と蛍烏賊の炊き合わせが淡い味わいでなんとも旨く、無理を承知で御替わりを所望したら「どうぞどうぞ」と持ってきてくれて有難かった。勿論お代はかかるが、小品の追加を嫌がることもなく出してくれる度量がこの店の繁盛の根幹にあるのだと思う。

いい酒場に巡り合えた悦びを胸に店を後にし、北東に針路をとる。
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やがて駿府城の堀端が現れ場内に入ると「静岡まつり」が賑々しく開かれていた。
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この春の旅は終始人のいないところを遅歩してきたが有終を飾るのにはうってつけの賑わいで、夜桜も美しく我が旅の終着を「まずは祝着」と寿いでいるかに見えた。
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これに気を良くして駅前の「蒼苑」で玉子サンドとビール、また「ホームライナー沼津」でチップスターとビールという豪華リレーで独宴会をぴしゃりと締めくくった。
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列車の方も「ホームライナー沼津」→熱海まで普通列車→「快速アクティ」と見事な継投で20時20分に静岡を出て、23時には大井町に着くという快速ぶり。これまた18きっぷの旅の締めくくりとしては会心の乗り継ぎだった。

大きなトラブルもなく8か所にも亘る日帰り旅が無事大団円を迎えた充足感に包まれ、その日はよく眠れた。ただ布団の中に入っても、列車に揺られている感覚がついて回り独りで可笑しかった。

2019年4月15日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒2

昼からビールを呑み、うららかな春の日差しを浴びて微睡んでいる内に興津に着く。愛想のない合理一辺倒の駅舎がJR東海らしくて可笑しい。
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駅から南へ少し行ったところを走る東海道は整備されていて、昔日の面影は少ない。
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ただ目当ての水口屋址は塀が高く聳えていて、わずかに往時を偲ばせる。今はギャラリーとして縁の品々を展示しているが、流石皇室も宿泊するだけあって抱一や探幽の掛け軸があり、明治の顕官達の揮毫も数多ある。岩倉具視の書は素人でも達筆であることが感ぜられた。

阿房列車で宿の名を挙げるほど気に入りだった内田百閒のものもあるだろうとずっと探索したが縁の著名人にもその名はなく、偏屈な性格を忌み嫌われていたのか、全く形跡が残っていない。山の上ホテルが檀一雄の名を避けるのに似たようなことなのだろう。泉下の先生も「止むを得ないものは止むを得ない」としかめっ面でぼやいているやも知れぬ。
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さらに西に進んで西園寺公望終の棲家である坐漁荘も覗いてみる。百鬼園先生は何の感興も催さないと書いているが、名勝清見潟が埋め立てられた今となっては、猶更その感が強い。
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元々の建物は明治村に移築されて重要文化財に指定され、そこはよく考えたもので眼前に水景を臨める立地にしている。だから往時を偲ぶには犬山まで行かないといけない。まとまりのない中学生の自由研究のような資料展示にも些か気が引けてしまい、早々に辞去する。

帰りがけに揚げはんぺんが有名だという魚屋に寄ったら売切と不運が重なる。それでも最後の目的地、家康が人質時代を過ごした清見寺には立ち寄ってみる。
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門前を東海道線が横切っていることで有名な寺だが、全く人の気配がせず少し気味が悪かったので、庭をぐるりとしただけで帰ることにする。なお、柑橘類の名に「清見」とあるのはこの地に由来するとのことだった。

興津の街は御多分に漏れず閑散としているが、それでも街道筋に1軒、駅前に2軒和菓子屋があったので、その名も名物家で練り切りを買って帰る。数種あるとのことだったが、この日は桜しかなく少し寂しい。太陽の光が燦燦と降る土地柄だから発色が強い。造りはごくごく一般的なものだった。
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不完全燃焼のまま興津を後にし、百鬼園先生宜しくスイッチバックして新蒲原へ向かおうとしたところ、構内放送で「沿線火災によりダイヤが乱れ遅れが出ている」と流れてきた。こちらとは違って燃えるとこでは燃えているようだ。ここまでなんとか事故の類は逃れてきていたが、最後になって捕まってしまったかと諦め気分でホームに降りたら、すぐに列車が来て吃驚する。しかも朝夕並みに混雑していたのでより驚かされる。

遅れで各駅に溜まっていた客をたっぷり孕んだ列車は10分ほど行くと新蒲原に着いた。
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ここにある御殿山は桜山として知られているとのことで、時間つぶし方々花見をしようと思う。

誘導看板はあるものの、人通りはなく不安な気持ちのまま5-6分ほど行くと麓の神社に着く。
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そこには桜祭りの準備をする人が大勢集まっていて、その頭上にはほぼ満開を迎えた桜が咲き誇っていて安堵した。
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裏山を登っていくと海と街と桜が見えてなかなかの景色だったが、相当の難路だったので名物の吊り橋に行くことは断念して、途中の腰掛で済ます。誰も居らず閑静で、そよそよと風が吹き、木漏れ日も心地よく、まったく気持ちのいい春の日だ。この一瞬を求めて先月来、彼方此方を彷徨ってきたような気にもなる。
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長居すると桜の精に取り込まれてしまいそうだったので、下山して駅前まで戻る。ホームから拡声器の案内が漏れてきて、まだ列車の遅れは続いているらしかった。

2019年4月12日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒(1)

今春の旅も愈々千穐楽。どこが相応しいか検討を重ねた結果、矢張東海道にしようと決めた。これまで素通りしてきた街道沿いに残る別荘建築の見物方々、百鬼園先生ゆかりの興津水口屋へ足を運び、時期を迎えた桜を愛でてから初鰹と静岡銘酒を存分に堪能しようと思う。

川崎駅に予定より早く着いたら、一本前の大船行に間に合ったので乗り込むと、残る停車駅は横浜と戸塚だけだから乗客も少なくいきなり座っていくことが出来た。これは幸先がいい。大船で乗り換え、国府津過ぎでは秀麗な富士も見え、朝から随分気分がいい。
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小田原で降りて乗り換えの箱根登山鉄道には少し時間があるので、駅前の守屋パンへ行って昼食と土産を買う。流石に行列はなかったが、先頭の三十がらみの男が一々パンの特徴を店員に聞き、逡巡しきりで渋滞は発生していた。その後彼はコッペパンを選んだが、そこに塗るペーストの種類を一々聞き出し始め、ついに店員に愛想を尽かされていた。日本の将来は矢張昏いような気がする。
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↑初めて購入したフランスパン。あんパンの外側をたっぷり食べたかった宿願が叶う。

パンを買い込み乗り込んだ登山鉄道は最早日本人は皆無で隔世の感がある。一駅先の箱根板橋で降りて目的地である「老欅荘」へ向かう途上、旧街道に出てこれも有名な「内野家住宅」に遭遇する。
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運営を担っていたまちなみ保存会から「この3月末をもって一般公開は終了した」との掲示があり、ここにも日本の足腰の弱まりを見た思いがする。

そこから細い路地を少し上ると老欅荘が見えた。門前の桜は今が盛り。
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ここを建てた松永耳庵は父が勤めていた会社の開創の人であるから、所縁がない訳でもない。近代三茶人の一人ということでさぞ所蔵の逸品が展示されているのかと思ったが、展示室に茶道具や掛け軸は少なく、またこれというものも無くて少し肩透かしを喰らう。後で調べたら大半のものは東京国立博物館に寄贈してしまったらしい。

その裏手の小山に登っていくと、名前の由来となった大欅が出迎えてくれ、更に行くと住み暮らした庵が静かに建っていた。
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入って右奥の茶室の向こうには桜が咲いていて、風が強かったから吹雪となって広間前の庭に降り積もり、なかなかの風情があった。この茶室を次の間から端坐して眺めると、薄明が差し込む様子が殊に美しく、日本家屋の神髄にわずかに触れた思いがした。

各部屋にはきちんと野花が活けてあって感心したが、池の畔のもう一つの茶室で熱心に作業してる係の方が「私が活けているんです」という。随分熱心に再訪を勧誘されたし、月に一度土曜日には気軽な茶会が開かれるというから次は時間を取って訪問することに決めた。
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ここから東へ行くと、稀代の別荘偏執狂である山縣有朋の「古稀庵」があり、その裏手に腹心清浦圭吾の別荘があるというので、tweedeesマニアとしては足を運ばざるを得ない。(なお、大森山王にある「清浦坂」は訪問済み)
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↑途中竹林と竹垣が綺麗な細道を行く。

今は個人の御宅となっていて、公開日時は限定されているからそれに合わせて行ったつもりだったが、どうも庭仕事が入るようで公開されないようだったので、ここは次回にと踏ん切りをつけて駅に向かうことにする。
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↑古稀庵の門のみ写真に収める。

小田原駅まで戻ると想定よりも随分時間が余った。昼は守屋のパンと思っていたが、前から気になる「日栄楼」へ行って軽く餃子とビールで時間を潰すことにした。
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古びた扉を開けると店主らしき老爺がテーブルに陣取ってテレビを眺め、「どうぞ」と声をかけてきた。その卓には雑然と新聞や調味料が置かれ、うずたかく南瓜煮が積まれた鉢もあり、それを肴に飲み始めているように見える。
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やや荒れた雰囲気に大丈夫かなと恐れて待っていると、席の後ろからジュウジュウ焼ける音がする。なぜか餃子は厨房ではなく、入口横の狭いスペースで作られる仕様になっていた。待つことしばし、想定とはかけ離れた棒餃子が来た。
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こういう古くからの店が、流行りものに手を出して成功した験しはない。失意に暮れて一口食べると「シャクッ」と何とも軽い歯ざわりで餃子の皮が砕け散ると同時に香ばしさが鼻腔をくすぐる。そうして餡からはにんにくの風味が漂って、食い気を荒々しく刺激してくる。ハードルが下がっていたからか、これが抜群に旨い。こういう油で揚げる感じの餃子、例えば宇都宮餃子などは苦手な類のものなのだが、ここのものは別次元の軽やかさですいすいと胃の腑に消えていく。これは思わぬ出会いとなり、甚く満足して店を後にする。小田原市民におかれては、是非当店に足繁く通ってこの隠れた名物を墨守していただきたい。

気分も良くなって、二年前には蕾しか見られなかった城の堀端の桜を見に行くと、今日は通り抜けのようになっていて大変結構な景色になっていた。想定外の大収穫に満足して小田原を後にした。
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2019年4月 6日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(下)

凡そ九年振りとなるヘレナ国際乗馬クラブは併設されたゴルフコース共々偉容を保っていて安堵する。間に大震災が挟まっていることを感じさせず、よく整備された施設も記憶のままの姿だった。
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厩舎に囲まれた角馬場で乗馬の装備をつけてしばし待つと、のっそりと彼が現れた。
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齢15歳となり随分老いただろうなと思っていたが肉付きも毛並みも上々で、それだけで倶楽部の方々に頭を下げたくなるくらいだった。早々に跨るとサラブレッドだけあってかなり高い。
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それでもお行儀の良さでは名高い彼だけに、途中イヤイヤをすることもなく、安心して騎乗した。体験乗馬は係の方が付き添ってくれるので、騎乗中ミストラルクルーズの話を色々と教えてくれる。曰く「利口な馬なので幼稚園児も乗せてるぐらいです」「年に1度、地元のお祭りの流鏑馬にもご指名がかかって参加してます」「倶楽部のパンフレットやCMにも出演して1番人気の馬です」「今でも出資されていた方が誕生日にリンゴや人参を送ってくださります。」「調教師の方も一度会いに来られました。」「騎乗が出来なくなっても功労馬としてずっとこちらでお世話すると思います。」「近況は倶楽部のブログで見られます」等々
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競走馬としては闘争心が少なく、主戦の藤田騎手に”ペットみたいな馬”と言わしめた素直な気性が乗馬としては有利に働いて、ここで皆に愛される日々を送っているというから何が幸いするか判らない。騎乗後首を撫でて「ホント、良かったな」と声をかけたらパーカーの袖に顔を擦りつけてきて、皆に愛される片鱗を見た思いがする。
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心根の優しい鈴木康弘調教師のご配慮と毎日欠かさず世話をして下さる倶楽部の方々にただただ感謝するばかりである。今度は遠乗りで一緒に海岸を歩こうと心に決めて倶楽部を後にする。(倶楽部のブログで彼が取り上げられた記事はこちらこち、さらにこちらなど)

植田駅近くにもなかなかの喫茶店があるようなので、愛馬に再会した興奮を鎮めようと足を運ぶ。エリーヤはいつかどこかで見かけたような外観で、中に入ると古びてはいるもののよく手入れされて整然としているから、空気の淀みは感じない。
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一隅に席を得て、やっぱりここはクリームソーダだろうと注文する。お手製なのだろうか、布で作られたコースターがほのぼの感を醸し出す。少し暑いくらいの陽気になったから、独特の甘みときりっとした炭酸が喉に心地いい。
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後から来た親子連れも頼んでいたが、楽しげに話ながら緑色の液体を吸う姿を眺めるのはなんだかちょっといい。あんまりそうしていると訝しがられるので、溶けかけのアイスをかきこんで店を後にする。

近くに和菓子屋らしき店構えを見かけていたので行ってみるとやっぱりそうだったので、土産を買うべく中へ入る。ここ高月堂で驚かされたのはその値段の安さ。桜餅120円も見事だが、黄身しぐれが80円というのには驚かされた。桜餅は道明寺粉ではなくぼた餅のようにうるち米を半搗きしたものだったが、その鄙びた感じがかえって実直でよく、実際程よいむっちり感で美味しい。特筆すべきは桜葉の薫りで、箱を開けると鼻腔にふわりと春の香りが広がって実に良かった。
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黄身しぐれもほこほことした外としっくりした中のバランスが良く、甘さも調子が整っていて美味しいものだった。
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目について購入した「茶通」は焼いて香ばしさを増した茶葉がしっかりアクセントになっていて、なるほどこれは工夫したのものだなと感心した。
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おまけとして御煎餅もつけてくれるし、安いし旨いし心づくしでとてもいい店だった。

もう少しだけ時間があったので、五浦の方まで行ってみる。釣り方々鮟鱇を食べに行くことを企図した平潟港に寄ると、なかなか風光明媚で目当ての宿「砥上屋」は港の目の前という好立地だった。乗馬とうまく組み合わせて泊まるのも悪くない。
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もう少し行くと五浦で、早咲きの山桜と土筆が迎えてくれた。
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今日再びの太平洋はやはり雄渾で、胸がすく思いがする。
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そろそろ時間が来たので勿来に戻って車を返し、ホームに入ると西日に照らされて茜さす時間になっていた。
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列車はほぼ無人のまま進んだが途中そばかすがチャーミングな女子二人組が前に座り、しばらく行った駅から私服生活が始まったばかりらしい男子三人組が一席空けて並んで座り、時折話しかけながらぎこちなく過ごしている。そう、その一席分が遠いんだよなと思う。

勝田を過ぎて水戸に入る手前では見事な夕陽が現れてしばし見蕩れる。
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常磐線のいいところは幹線道路が並走していないので、日が暮れるときちんと夜の闇が降り積もるところにある。遠い山の稜線や雑木林の木々の枝が影絵のようにくっきりと姿を現して、それはそれで静かな美しさがある。
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あたかも車窓が藤城清治の世界になったかのようで、夢幻の闇を進んでいく感じが味わえていい。ある駅など、突然人の足がにゅっと現れて、闇の深さが偲ばれた。都内にいるとなかなか味わえない風景であって、次に訪れる際にも帰りは宵の口にしようと思っている内に品川に着いた。
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2019年4月 5日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(上)

4月になり、そろそろ北に向かうのも苦にはならなくなっていたので、兼ねてから切望していた愛馬ミストラルクルーズに騎乗するべくいわきまで出掛けた。

今は常磐線の始発が品川から出るようになったので、それに乗っていくことにした。
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朝早くの下りとあって客はまばらで易々ボックス席を占有し、窓の外を眺めているとワルツのような発車音が鳴る。それに合わせるかのように向うのホームをトコトコトコと駆けては止まるハクセキレイが舞踏しているように見えて可笑しかった。品川駅を出てすぐ、7-8本ほど線路を横断して品川東京ラインに入る様子はなかなかの壮観で、鳥のワルツといい朝から随分楽しませてくれる。

やがて上野を過ぎ、スカイツリーを遠望しているとゴーン被告が再収監される小菅の監獄が見え、その辺りから速度がまして常磐線快速らしくなった。
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取手あたりまでは住宅街もあるが、そこを過ぎると黒土の畑が目立つ。土浦辺りではそこに泥沼が点在するようになり、どうやらそれは蓮根畑のようだった。ここまでくると、瓦が土に戻る手前まで風化している文化住宅がぽつぽつ見えたりして、平成が終わるというのにまだ昭和の名残を留めているその姿に寂びの風情を感じる。一転、崖に沿ってまで住宅地が開かれている景色が見えてきたら、ひとまずの目的地日立に着いた。
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改札を出て右に折れると人だかりができていて、果たしてそこが名高い展望待合だった。到着時にはアジア系の観光客がどさどさ来ていて、普通話にカントニーズ、タイ語に茨城弁と雑多な言葉が飛び交っていて、啄木時代の上野駅にでも来た感があった。
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直に人が退けて一人ゆったりと眺める時が来ると、眼前に淡瑠璃色の空と群青の海があるのみで、双色だけの世界にとっぷり浸って揺蕩う。
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ここは左右もガラス張りで遠望でき、だから海が180度以上広がっていて水平線にぐるりと囲まれているようにも感じる。古代の人々が地球は丼のようになっていて、海の涯からは水が滝のように落ちていると考えていた図を見たことがあるが、その感覚が初めて判った気がする。

反対口に出ると工業都市らしくタービンの羽根がロータリーに鎮座まします。
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駅舎のデザインは地元出身の妹島和世が手掛けたというが、長年住んだものだけが作りうる美麗な駅舎でただただ感服させられた。

さらに北上して茨城を抜け、福島最初の駅である勿来で下車し、駅前でレンタカーを借りて愛馬が繫養されているヘレナ国際乗馬クラブを目指す。
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しかし約束の時間にはまだ早いので、駅近くの駐車場で持参したサンドイッチで腹ごしらえをしてから、時間つぶしに幹線道路沿いの喫茶店「シルビア」に入って小休止。
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昼時だったからランチをしに近隣のシニアがぽつぽつとやってきて、娘の愚痴や昨日の強風や先日行った温泉の話などをマダムと楽しげに話す。どなたも正調福島弁でいささかぶっきらぼうに聞こえるが、マダムがうまく話しの穂をついでは頷いて受け止めていて、率直で優しい世界が展開していた。
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一見のこちらはうまく放っておいてくれたし、この時世にこの地で店を切り盛りしているのだから、接遇は練達のものがある。ここも平成の30年間はなかったかのような佇まいで、ひととき時間旅行できたのは勿怪の幸い。そろそろいい時間になったので、乗馬クラブを目指すことにした。
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2019年4月 1日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(下)

宇都宮から東北本線をさらに北上して黒磯まで行った。遠く那須山系はまだ冠雪していて、東京は桜が満開間近という時節、この辺りではまだ梅が満開だった。凡そ二週間ほど季節が戻ったような具合で、なんだか少し得した気にもなる。

駅近くのカワッタ家でレンタサイクル(100円!)を借りて東へ2㎞ほど行ったところにある「皆幸乃湯」へ行くと、入口に救急車が止まっていたが、よくあることのようで従業員も大広間で寛ぐ客も落ち着いたものだった。
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ここの湯はPH値が高く、トロトロまではいかないが肌がツルッキュツルッキュして気持ちいい。露天風呂には石垣があり、その隙間から松が生え、その向こうには竹林と梅・桜の木があり、季節季節の景色を愛でながら入れる趣向になっていて好ましい。打たせ湯もあったので、背骨のツボをほぐしたら随分気持ちが良かった。

さっぱりして大広間でしばし休憩する。
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皆さんまったりと過ごされていて、時折床から声が聞こえると思ったら、座卓を挟んで寝転びあう老婆が薄暗い卓の下でお喋りしているのが可笑しい。

黒磯駅に戻って列車に乗る頃には日が傾いて、行きがけに見かけた梅達は茜が差し艶が随分増していた。少しく艶冶な気持ちになって宇都宮に戻り、一杯飲んで帰ることにする。老舗のふくべはごくこじんまりした店で、カウンターに潜り込むのに苦労していたら、お隣が椅子をずらしてくれて助かった。
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そういう優しい空気は店の方の細やかな接遇に感化されたもののようで、名物のもつ煮を頼むと「小サイズにいたしましょうか?」と声をかけてくれたり、飲み物を追加する度に「ありがとうございます。」と丁重に礼を言われたり、隣のカウンター席が空いたら「狭いでしょうからもう少しこちらに」とスペースを作ってくれたり実に心細やかに対応してくださって恐縮した。

そういう店だから、どれを頼んでも申し分なく美味しい。名代のもつ煮は生のニラの鮮烈な香りがアクセントとして利いていたし、お新香の盛り合わせも歯応えよく瑞々しくて口をさっぱり洗う任を十分に果たしてくれた。
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そろそろ日も沈んでご常連の時間となるだろうから、早々に辞去した。荒っぽいイメージの北関東の、しかももつ焼き屋で柔和な気持ちになって店を出ることになるとは思ってもみなかった。なかなかに稀有な店である。
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帰りは宇都宮から通勤快速に乗ったら、上野まで1時間半で着いて随分楽だった。知らず知らず中々の乗り手になりつつあるのかしらん・・・とほくそ笑んで行先案内の写真を撮っていたら、ホームの客に怪訝な顔をされて我に返った。
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翌日。黒磯駅前の「明治屋」で買った桜酒饅頭は薄桃色でいかにも春らしく、また皮がつややかで美しい。
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酒種と桜の香りがややかち合って整理されていないものの、そこは饅頭で名を馳せる店だけあって、皮はもっちり餡はしっくりしていて美味しかった。また練り切りも色合いといい造形といいなかなか優れていてこちらも申し分なかった。(家人が「替わり目」ばりに”食べちゃった”ので写真はない)

一方、宇都宮駅で買った濱田屋の上生菓子は流石の品格があって唸らされる。桜を模った練り切りは繚乱たる姿を彷彿とさせ、春の水景を模ったものは外郎のふわもちっとした食感と白餡の品の良さが、清冽な雪解け水を想起させて心も緩む。
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正直消化試合感のあった旅程だったが、思わぬ収穫があって満足の行くものとなった。

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