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2019年6月11日 (火)

津軽海峡北南1:函館競馬場

梅雨になるとどうも身体の調子がすっきりしない。だから避梅としゃれこんで、津軽海峡の北と南を旅してみた。この短絡さが災いしたのか、出発の朝には季節外れの爆弾低気圧が八甲田目指して侵攻中。それでもなんとか飛行機は飛んで、大揺れの機内から眼下に競馬場が見えたら函館空港に到着した。
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巡回バスとびっこに乗って20分、今度は眼前に競馬場が現れる。
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入場門脇の場外からもパドックが見えるようになっていて斬新。
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数年前に大改修を行ったからとても美しく、スタンド前の観覧ゾーンも芝生だったから、どこか牧歌的で伸びやかな雰囲気があっていい。
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↑開幕週だったからか、入場者全員に配られたサイコロキャラメル

機内の揺れを引きずって、脳がぐらぐらしてたから、あまり競馬には集中できず2Rほどやったものの家人ともども外れ。それでもJRA全十場制覇にリーチがかかったので良しとして市電に乗って中心街へ向かった。
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2019年4月 6日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(下)

凡そ九年振りとなるヘレナ国際乗馬クラブは併設されたゴルフコース共々偉容を保っていて安堵する。間に大震災が挟まっていることを感じさせず、よく整備された施設も記憶のままの姿だった。
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厩舎に囲まれた角馬場で乗馬の装備をつけてしばし待つと、のっそりと彼が現れた。
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齢15歳となり随分老いただろうなと思っていたが肉付きも毛並みも上々で、それだけで倶楽部の方々に頭を下げたくなるくらいだった。早々に跨るとサラブレッドだけあってかなり高い。
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それでもお行儀の良さでは名高い彼だけに、途中イヤイヤをすることもなく、安心して騎乗した。体験乗馬は係の方が付き添ってくれるので、騎乗中ミストラルクルーズの話を色々と教えてくれる。曰く「利口な馬なので幼稚園児も乗せてるぐらいです」「年に1度、地元のお祭りの流鏑馬にもご指名がかかって参加してます」「倶楽部のパンフレットやCMにも出演して1番人気の馬です」「今でも出資されていた方が誕生日にリンゴや人参を送ってくださります。」「調教師の方も一度会いに来られました。」「騎乗が出来なくなっても功労馬としてずっとこちらでお世話すると思います。」「近況は倶楽部のブログで見られます」等々
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競走馬としては闘争心が少なく、主戦の藤田騎手に”ペットみたいな馬”と言わしめた素直な気性が乗馬としては有利に働いて、ここで皆に愛される日々を送っているというから何が幸いするか判らない。騎乗後首を撫でて「ホント、良かったな」と声をかけたらパーカーの袖に顔を擦りつけてきて、皆に愛される片鱗を見た思いがする。
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心根の優しい鈴木康弘調教師のご配慮と毎日欠かさず世話をして下さる倶楽部の方々にただただ感謝するばかりである。今度は遠乗りで一緒に海岸を歩こうと心に決めて倶楽部を後にする。(倶楽部のブログで彼が取り上げられた記事はこちらこち、さらにこちらなど)

植田駅近くにもなかなかの喫茶店があるようなので、愛馬に再会した興奮を鎮めようと足を運ぶ。エリーヤはいつかどこかで見かけたような外観で、中に入ると古びてはいるもののよく手入れされて整然としているから、空気の淀みは感じない。
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一隅に席を得て、やっぱりここはクリームソーダだろうと注文する。お手製なのだろうか、布で作られたコースターがほのぼの感を醸し出す。少し暑いくらいの陽気になったから、独特の甘みときりっとした炭酸が喉に心地いい。
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後から来た親子連れも頼んでいたが、楽しげに話ながら緑色の液体を吸う姿を眺めるのはなんだかちょっといい。あんまりそうしていると訝しがられるので、溶けかけのアイスをかきこんで店を後にする。

近くに和菓子屋らしき店構えを見かけていたので行ってみるとやっぱりそうだったので、土産を買うべく中へ入る。ここ高月堂で驚かされたのはその値段の安さ。桜餅120円も見事だが、黄身しぐれが80円というのには驚かされた。桜餅は道明寺粉ではなくぼた餅のようにうるち米を半搗きしたものだったが、その鄙びた感じがかえって実直でよく、実際程よいむっちり感で美味しい。特筆すべきは桜葉の薫りで、箱を開けると鼻腔にふわりと春の香りが広がって実に良かった。
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黄身しぐれもほこほことした外としっくりした中のバランスが良く、甘さも調子が整っていて美味しいものだった。
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目について購入した「茶通」は焼いて香ばしさを増した茶葉がしっかりアクセントになっていて、なるほどこれは工夫したのものだなと感心した。
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おまけとして御煎餅もつけてくれるし、安いし旨いし心づくしでとてもいい店だった。

もう少しだけ時間があったので、五浦の方まで行ってみる。釣り方々鮟鱇を食べに行くことを企図した平潟港に寄ると、なかなか風光明媚で目当ての宿「砥上屋」は港の目の前という好立地だった。乗馬とうまく組み合わせて泊まるのも悪くない。
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もう少し行くと五浦で、早咲きの山桜と土筆が迎えてくれた。
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今日再びの太平洋はやはり雄渾で、胸がすく思いがする。
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そろそろ時間が来たので勿来に戻って車を返し、ホームに入ると西日に照らされて茜さす時間になっていた。
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列車はほぼ無人のまま進んだが途中そばかすがチャーミングな女子二人組が前に座り、しばらく行った駅から私服生活が始まったばかりらしい男子三人組が一席空けて並んで座り、時折話しかけながらぎこちなく過ごしている。そう、その一席分が遠いんだよなと思う。

勝田を過ぎて水戸に入る手前では見事な夕陽が現れてしばし見蕩れる。
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常磐線のいいところは幹線道路が並走していないので、日が暮れるときちんと夜の闇が降り積もるところにある。遠い山の稜線や雑木林の木々の枝が影絵のようにくっきりと姿を現して、それはそれで静かな美しさがある。
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あたかも車窓が藤城清治の世界になったかのようで、夢幻の闇を進んでいく感じが味わえていい。ある駅など、突然人の足がにゅっと現れて、闇の深さが偲ばれた。都内にいるとなかなか味わえない風景であって、次に訪れる際にも帰りは宵の口にしようと思っている内に品川に着いた。
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2019年4月 5日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(上)

4月になり、そろそろ北に向かうのも苦にはならなくなっていたので、兼ねてから切望していた愛馬ミストラルクルーズに騎乗するべくいわきまで出掛けた。

今は常磐線の始発が品川から出るようになったので、それに乗っていくことにした。
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朝早くの下りとあって客はまばらで易々ボックス席を占有し、窓の外を眺めているとワルツのような発車音が鳴る。それに合わせるかのように向うのホームをトコトコトコと駆けては止まるハクセキレイが舞踏しているように見えて可笑しかった。品川駅を出てすぐ、7-8本ほど線路を横断して品川東京ラインに入る様子はなかなかの壮観で、鳥のワルツといい朝から随分楽しませてくれる。

やがて上野を過ぎ、スカイツリーを遠望しているとゴーン被告が再収監される小菅の監獄が見え、その辺りから速度がまして常磐線快速らしくなった。
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取手あたりまでは住宅街もあるが、そこを過ぎると黒土の畑が目立つ。土浦辺りではそこに泥沼が点在するようになり、どうやらそれは蓮根畑のようだった。ここまでくると、瓦が土に戻る手前まで風化している文化住宅がぽつぽつ見えたりして、平成が終わるというのにまだ昭和の名残を留めているその姿に寂びの風情を感じる。一転、崖に沿ってまで住宅地が開かれている景色が見えてきたら、ひとまずの目的地日立に着いた。
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改札を出て右に折れると人だかりができていて、果たしてそこが名高い展望待合だった。到着時にはアジア系の観光客がどさどさ来ていて、普通話にカントニーズ、タイ語に茨城弁と雑多な言葉が飛び交っていて、啄木時代の上野駅にでも来た感があった。
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直に人が退けて一人ゆったりと眺める時が来ると、眼前に淡瑠璃色の空と群青の海があるのみで、双色だけの世界にとっぷり浸って揺蕩う。
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ここは左右もガラス張りで遠望でき、だから海が180度以上広がっていて水平線にぐるりと囲まれているようにも感じる。古代の人々が地球は丼のようになっていて、海の涯からは水が滝のように落ちていると考えていた図を見たことがあるが、その感覚が初めて判った気がする。

反対口に出ると工業都市らしくタービンの羽根がロータリーに鎮座まします。
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駅舎のデザインは地元出身の妹島和世が手掛けたというが、長年住んだものだけが作りうる美麗な駅舎でただただ感服させられた。

さらに北上して茨城を抜け、福島最初の駅である勿来で下車し、駅前でレンタカーを借りて愛馬が繫養されているヘレナ国際乗馬クラブを目指す。
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しかし約束の時間にはまだ早いので、駅近くの駐車場で持参したサンドイッチで腹ごしらえをしてから、時間つぶしに幹線道路沿いの喫茶店「シルビア」に入って小休止。
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昼時だったからランチをしに近隣のシニアがぽつぽつとやってきて、娘の愚痴や昨日の強風や先日行った温泉の話などをマダムと楽しげに話す。どなたも正調福島弁でいささかぶっきらぼうに聞こえるが、マダムがうまく話しの穂をついでは頷いて受け止めていて、率直で優しい世界が展開していた。
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一見のこちらはうまく放っておいてくれたし、この時世にこの地で店を切り盛りしているのだから、接遇は練達のものがある。ここも平成の30年間はなかったかのような佇まいで、ひととき時間旅行できたのは勿怪の幸い。そろそろいい時間になったので、乗馬クラブを目指すことにした。
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2017年1月16日 (月)

香港飲食男女Ⅲ-16:ハッピーバレーでナイター競馬

水曜日に香港にいることが無かったので、初めてハッピーバレー(跑馬地)競馬場へと足を運ぶ。世貿中心近くからトラムに乗って10分ほどで跑馬地ターミナル駅に到着。
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どのトラムも競馬場行の客で混み合っていて、香港での競馬人気の高さがうかがえた。トラム駅は第3コーナー入口付近にあり、コーナーに沿った歩道を行くと第4コーナーの終わり辺りに一般客用入場門がある。オクトパスカードで入場料(10ドル)を支払って中に入ると今日はインドフェスティバルが開催されているようで、ステージではマサラムービーさながらの歌と踊りが展開され、その前のビアコーナーは仕事終わりの欧米人がガプガプビールを飲んで盛り上がっている。日本の競馬場とは別次元の盛り上がりぶりに少し気圧される。
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パドックはゴール前にあって、そこに行って周回を待つが全体に騒々しい場内になれずなかなか馬体チェックに集中できない。最初の馬券は外れ。
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雰囲気は楽しめたのでもうひとレースだけやろうと家人に提案し、こんどは少し落ち着いてパドックに集中し5番の複勝を購入。家人も念入りにパドックで馬をチェックして、2-5のワイドを購入。
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レースは単勝20倍くらいの5番「紫電明珠」が二番手につけてなかなかの好位置。
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向こう正面でかかり気味に先頭に立ってそのまま4コーナーを回ると意外にしぶとい足を発揮。
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ゴール前では差しかえす勢いとなり、そのまま2着でゴールして複勝4.3倍的中。
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「おーやったねー」と家人が祝意を述べた直後、電光掲示板にレース結果が映し出された。

その時。

「当たってる!これ当たってる!2着3着で当たってる!」と家人が興奮気味に声を上げる。確かに…確かに当たってる!
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↑いつの間にやら2番「好運有利」が突っ込んできていて
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↑3着に来ている!

しかも・・・ワイドで59倍超!なんたる高配当。しかも一点買いとは恐れ入る。
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(以上レース映像と結果はHKJCホームページから引用)

二人してそそくさと払い戻しに向かうと購入した時と同じ劉さんの窓口だ。ポーカーフェイスを崩さない劉さんも、人気薄の複勝・ワイド共に一点買いで的中という離れ業に一瞬びっくりした表情を見せた後、札束をぺらぺらと再鑑してから払い戻してくれた。
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↑劉先生、多謝!

30ドル(450円)賭けて676ドル(10,140円)と大勝利。さぁさぁ勝ち逃げしましょうと競馬場を後にしてバス停へ向かう。その途上もあまりの幸運に興奮気味で、予定していた102Rの競馬開催日臨時バスが見当たらず彷徨ったものの、諦めずに海底トンネル方面に続く堅拿道西まで行ったら171茘枝角行きを発見。
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これもトンネルを抜けて彌敦道を北上するようだったので乗り込んで「旺角・鴉蘭街」で降りたら太子駅頭上、ホテルの真裏の鳳城酒家前に到着。セブンイレブンでビールを買ってとりあえずのささやかな乾杯をして、家人の目利きぶりを改めて讃えた。


その後テレビで最終レースをやっていたのでエア馬券検討をしたら、またも複勝1点で的中することができた。
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パドック派の二人なら今日はもっと大勝ち出来たかもしれないが、欲をかくとろくでもないことになるので、早めに切り上げて正解だったかもしれない。自分の競馬史上に残る一夜を過ごせて大満足の跑馬地行きだった。
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↑波乱の主役、好運有利号。その名の通りラッキープロフィットをもたらしてくれた。

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2016年12月 1日 (木)

ダノンシャーク引退

ダノンシャークに魅了されたのはロードカナロアが勝利した安田記念だった。現地で観戦したのだがパドックで見た体つきが府中でウォッカに完勝したスーパーホーネットを彷彿とさせ、気合も体調も申し分ないと思って、ロードカナロアのワイドの相手に買ったら、胸のすくような追い込みを見せて3着に入り、単勝12番人気だったからなかなかの好配当をもたらしてくれた。

その翌年のマイルCSではしばらく勝てず人気落ちしていて、これは狙い頃だろうと思ってワイドの軸にしたらグランデッツァを引き連れてこれまた見事的中。すっかり好相性の馬になってくれた。

そのダノンシャークの引退レースとなった今年のマイルCS。またもや最近振るわず14番人気と人気薄だったが、京都と府中は適性が高いのだから覚醒も十分ありえると思い、イスラボニータ・ネオオリアリズム・ディサイファを絡めたワイドボックスを買った。

レースはダノンシャークに集中して見ていたから、直線に入って潜り込んでいたインコースから外に動いて、弾けるあの末脚を繰り出し猛迫する姿を見逃すことはなかった。しかし、馬群をこじ開けて最後の輝きを見せたのも束の間、ミッキーアイルのふらつきによって大きな不利を受け及ばず4着。ミッキーアイルが4着に降着すれば、1・2・3着でワイドボックス全的中となったところだが、判定は覆らず。しかし馬券は取れなかったが、大いに楽しませてくれたし、思い出に残るレースにしてくれた。

ここ10年で最も記憶に残る馬となった彼は、幸いにも種牡馬になれたようだから、機会があったら謝意を述べに住まいを訪れてみたいと思う。お疲れ様でした。

2014年1月11日 (土)

アデイインザライフに期待

競馬はほとんどやらなくなったが、他に見るものがない時にTV中継を見るクセは抜けずに続いている。先日もそのように流れていた中継を漫然と見ていたらスゴイ勝ち方をした新馬に出会った。アデイインザライフ。調べてみると色々とゆかりが深かった。

厩舎は一口持っていたミストラルクルーズがお世話になった美浦の鈴木康弘厩舎。母がそのミストラルクルーズと同期で同じサンデーRCだったラッシュライフ。こちらがなかなかデビューできなかった時に仕上り早で早々に活躍した馬だ。

鈴木先生は来年定年だから今年が最後のダービー挑戦となる。あのハイセイコーの雪辱を晴らす機会に恵まれるのか。今年のクラシックは久々に興味ぶかいものになりそうだ。まずは京成杯に無事出走して、結果を残してもらえればと思う。

2010年10月20日 (水)

いわきで愛馬に会う旅(1)

だいぶ前だが、JR東日本の「ウィークエンドパス」のモニター特派員に当たった。二日間普通列車乗り放題とのことで、那須と甲府の温泉巡りを考えたが、せっかくなのでいわきへ行って余生を送っているミストラルクルーズに会いに行った。
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【ヘレナ国際乗馬クラブ】
上野から特急に乗り勿来駅へ。駅近のニコニコレンタカーでおんぼろビッツを借りて出発。乗馬クラブまでは15分ほどの道のり。
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お世話になっているヘレナ国際乗馬クラブは立派な厩舎で一安心。
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加えて皆さん初見の我々に対して気持のよい笑顔であいさつしてくれるし、なによりメールでやり取りをしていたNさんが嫌な顔一つせず応対してくれたことはとても嬉しかった。
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ずらっと並ぶ馬房を抜けると・・・
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相変わらずおっとりとした顔つきの彼に再会。いまは「セレナクルーズ」と呼ばれているようだ。馬房にはよく見るとお守りが。聞けば一口持っていた方がすでに訪問されて、その際に置いていかれたようだ。Dscn1282

ちょうど昼時なのでえさ藁が放り込まれると、一心不乱に食べる食べる。もう少し相手してくれてもよいだろう・・・と思うくらい夢中。Dscn1292

スタッフの方も良い方に恵まれているようだし、施設も立派だし、悲観していた余生とならず本当に安心した。まだ去勢していないので初心者は乗れないそうだが、時期をみて再訪しなんとか鞍上の人となりたい。

【鹿の湯鉱泉】
勿来ICを越えて少し行った里山の神社の裏を登っていくと、突然開けたところにこちらはある。なんとなく讃岐のうどんや「山内」に似た雰囲気だ。温泉情報ではいつもお世話になっているこちらで情報を得ての訪問。

浴槽の湯は聞いていたほどにゅるんとしなかったが、蛇口を開けて出てきた源泉は「!!!」とびっくりするほどぬるんとした肌触り。中山平の「丸進別館」と同等の衝撃度だった。こんな凄い湯が、こんなひっそりと湧いていることに感激した。Dscn1310

2010年4月10日 (土)

ミストラルクルーズのDVD

ミストラルクルーズの雄姿を映像に留めておこうと、オーダーメードDVDを注文し、先日完成品が届いた。収録レースはこちらのとおり。↓
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1レース1レース見ていくごとに当時の記憶が蘇って、随分興奮してしまった。その勢いを駆って、写真をつなぎあわせて自分で映像を編集してみた。PCに内蔵されていた「ムービーメーカー」を使用したが、これは本当に簡単で面白いものが出来る。Youtubeが隆盛を極めているのは、こういうソフトが広く流布するようになったからなのだと改めて実感した。(ただ、動画ファイルを作成するのにCPUがフル稼働になり、熱で何度もシャットダウンを喰らった。結局ファンの掃除とアイスノンで冷やしながら何とか完遂)

もし一口馬主にならなければ、ムービーメーカーなど起動しなかっただろうし、youtubeに自分が作った動画を投稿することもなかったと思う。こういう新しい世界に導いてくれたミストラルクルーズには改めて感謝したい。

2010年1月23日 (土)

00年代のまとめ(3)

これで最後。

【競馬】
・有馬記念/テイエムオペラオー
絶望の4コーナーから絶叫のゴール前へ。正に劇的。

・若駒S/ディープインパクト
競馬人生で一番度肝を抜かれたレース。

・新馬戦/ミストラルクルーズ
競馬人生で一番震えたレース。
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【アート】
・群鶏図/伊藤若冲
「神気を捉える」とはこういうことか。
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・山口晃との邂逅
「四季休憩圖」が生み出される現場に立ち会えた僥倖。
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【ネット】
・さとなお.com
・アスクユー.com
初頭は前者、中盤は後者からの情報で店漁りに勤しんでいた。
・小倉選馬会
ミストラルクルーズの出資者の方たちとの交流が深まった掲示板。ありがちな暴走や荒らしもなく、節度が保たれたままレスは700まで達した。世知辛い時勢を考えるとありがたいことだと思う。
・女一人マンション/辛酸なめ子
最も長い期間覗いているブログ。岸本佐知子といい、ある種のニオイを持つ女子学院卒の方は相性が良いようだ。Nameko

【経験】
・棚田/区民農園オーナー
呆気ないほど簡単に手に入る作物が、如何に労苦の凝縮したものであるのかを実感として判った。
・一口馬主
馬主の巨大なリスクと普通にレースに出走できる喜びを知った。
・結婚
この10年における人生の一大事。して良かったと今は思える。

2009年11月 9日 (月)

ミストラルクルーズ引退2

ミストラルクルーズには一口馬主の醍醐味を堪能させてもらった。投資損益も総投下資本ベースで約30%のプラスを確保し、ウイナーズサークルでの記念撮影や掲示板を通して出資者の方々との交流も深まった。普通は入れない山元TCやNF空港牧場で馬に直に接することもできた。ちょっと出来過ぎなくらいといっても良いだろう。

しかし、引退が近付くにつれて憂鬱な影が忍び寄ってきた。それは引退後の彼の行く末である。6歳になった頃から、引退した馬がどうなるのかを色々と探ってみた。まったく知らなかった訳ではないが、ある種タブー視されているし、それまでは彼の調子も良かったので深くは考えずにいた。

調べた限りの情報を総括するとこうだ。「乗馬」として引退した場合、まずは乗馬としての素質があるかの診断がある。しかし、競走馬として育てられてきたサラブレッドは、競争心が強すぎて一般の乗馬に向かないケースがほとんどであり、概ね1割程度しか引き取られない。ここで選に漏れた残りの馬は、用途変更され、基本的には屠殺される。日本には20か所ほど屠殺場があって、年間で1万8千頭が屠殺されるそうだ。おおよそ年間の生産数の倍である。1日平均50頭。かなり多い印象だ。解体作業をスムーズにするため、処分される数日前からは餌を与えず、内臓を空っぽにする場合もあるという。こうして解体された肉は、しかし、筋肉質であるがゆえに食用には向かず、おもにペットフードや動物園の猛獣のえさになる。

こうした事実が明らかになり、いずれは彼も同じ運命を辿る可能性が高いと思うと絶望的な気持ちになった。生まれてからずっと過酷な環境におかれて(競走馬の9割は胃潰瘍を発症している)、能力の限界が露呈するとすぐさま命を奪われる。こうした凄惨なシステムをベースに競馬が成り立っていることに、今更ながら改めて気付かされた。

牛や豚はまだ良い。ストレスのない生活を送り、屠殺されるのも、人間の命を賄う食肉のためであり、感情的に整理がつく。しかし馬は、人の命には関係ない、あくまで余暇の楽しみに過ぎない競馬のために、過酷な環境に放り込まれ、命を奪われている。この点で個人的な倫理観に抵触してしまう。無駄な殺生は慎むべきではないのか。経済動物だから命を粗末に扱って良いのか。ましてや一口馬主として愛着の湧いた馬の末路がこうも悲惨であると辛くてたまらない。

感傷的なことを言っても始まらないのは重々承知しており、こうした仕組みが今後も続く以上、賛同できない自分は競馬と距離を置かねばならない。だから、もう一口馬主はやらないし、競馬とも縁遠くなるだろう。いろいろなものが見えてしまった今となっては、最早そうするしかない。

ミストラルクルーズがこれからどのような最期を迎えるかわからないが、競走生活では見られなかった強運が発揮されることを、今はただ祈るばかりである。

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