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2019年7月 1日 (月)

津軽海峡北南21:古遠部温泉・白馬龍神温泉

9年前に来た際には温泉を主眼としてこの地域を巡った。その際に入った津軽湯の沢温泉なりやや矢立温泉アクトバードはその後廃業してしまってもう入ることはできない。一番の気に入りで宿泊した古遠部温泉も一時休業したとの情報に触れ、今後どうなるやも知れず日帰り入浴だけでもと思い、最終日大館能代空港に向かう途中で立ち寄る。

相変わらずの山奥の細道を恐る恐る行くとようやく宿が見えてほっとする。週末だっただけにかなりの混雑でゆっくりは入っていられなかったが、相変わらずドバドバと豪放に源泉が注がれ、ジャバジャバと湯船からこぼれ、トド寝を楽しむ御仁もいて・・・と変わらぬ姿を保っていた。宿の方が変わられたようで随分禁止事項の張り紙が増えたが、秘湯マニアはやはり偏狂なところがあるのだろうから、ご苦労が偲ばれる。何はともあれ素晴らしいお湯に再び浸かることが出来たのは有難い限りだった。
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一方、弘前市街からも遠くないところになかなかの温泉が湧いているとのことで、そこへ向かう弘南鉄道にも乗ってみたかったのもあり出かけてみた。

中央弘前駅の駅舎が誘う郷愁といったらない。
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線路の行き止まりには撫子が咲いていた。
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使用している車両は東急の旧型車両のようで、あちこちに形跡が残っていた。できれば池上線に戻って来てもらい、時折乗ってみたい味わい深い車両だった。
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目的の白馬龍神温泉は松木平駅から歩いて10分弱。この駅もリンゴ畑の真ん中にあり、遠くに岩木山が遠望されて旅情をそそる駅だった。
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一方で温泉は近代的な堂々とした造り。
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名物は析出物で出来たクレーター様の床。矢立温泉を思い出させる。
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あまりに尖ってしまうと歩けないほど痛いというので、時折グラインダーで削っているという。確かにクレーターの盛り上がり部分は色が変わっていて踏んでも痛みはさほど感じられない。室内の浴槽は広々としていたが、熱すぎて難渋。なので屋外の温めの露天湯でゆるゆると過ごした。市街地中心部から電車で15分も行くとこんないい湯にありつけるとは、弘前の街としての魅力を改めて発見した次第。

2019年6月23日 (日)

津軽海峡北南13:リゾートしらかみ・石場旅館

青森から弘前へ向かう時刻表を検索していたら、朝早くに「リゾートしらかみ」が走っている。座席指定券300円を払えば乗れるというので、これで弘前へ向かうことにした。

朝霧に包まれた青森の街は少しひんやりとして、どこか高原にでも来たようなしっとりした肌合い。「クレオパトラ」で朝食を済ませて目の前のバス停から青森駅へ。青森ベイブリッジも霧の中。
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ようやく見られたねぶたに見送られて
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ホームに出るとリゾートしらかみのクマゲラが待っていた。
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現有の三編成(他に樵・青池)の中では一番古い車両とのことだが、広くとられた窓といい、プレミアエコノミー以上のゆとりがあるシートといい、300円でこれなら十分だった。
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その名の通り青い森を抜け、稲の絨毯を眺めていたらもう弘前だった。
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循環バス「ためのぶ号」の始発を待ってまずは宿をとった「石塚旅館」へ荷物を置きにいく。今回の旅は民宿→デザインホテル→ビジネスホテル→旅館と変化に富んで楽しい。

こちらは明治期創業の登録有形文化財で、昔の日本家屋の程よい薄暗さが保たれていて心が鎮まる。
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今回はトイレ・風呂共同の8畳に広縁のついた部屋だったが、恐れていた外国人観光客の乱痴気騒ぎなどはなく、のんびり滞在することが出来た。風呂は男女分かれていて男風呂は4人は入れる大きめの浴槽にカランも4つ並んでいて、混雑期でなければゆったり浸かれる広さがあった。

部屋は布団を敷くとやや手狭に感じるが、広縁にソファーがあるので苦にはならない。そこから綺麗な庭も見下ろせるし、最終日には雲間に月のような太陽を見ることが出来てちょっと拾いものだった。
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朝ご飯もホッケの干物やリンゴジュースが出るなど北を感じさせる美味しいものだったし、控えめながらあれこれ情報をくださるご主人もつかず離れずいい距離で対応してくださって有難かった。9年前、前を通りががって「良さそうだな・・・」と思った直感が間違っていなかったというのも個人的には嬉しかった。古さを承知の上で街の雰囲気に馴染んだ旅籠に泊まってみたいという向きには申し分ない一軒だと思う。
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2019年6月20日 (木)

津軽海峡北南10:青函フェリー

明けて函館を発つ朝。洗い立ての港の景色は澄み切っていて、何よりの餞だった。
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始発の市電に乗って駅まで行き、駅弁を買ってからタクシーで青函フェリーターミナルへ。1,200円ほどかかったが、時間的な余裕を買えたので良しとする。函館から青森に渡るのに味気ないトンネルの景色を見続けるくらいなら、時間がかかってもやはりフェリーの方が旅情があるというもので、ここは迷わず船旅を選んだ。安く済むのも有難い。

乗船する青函フェリーはトラック輸送を主力としているので旅客向けサービスは手薄な分、ライバルの津軽海峡フェリーよりも3割方安くて片道1,800円。所要時間には大差ないのでこちらにしたが、ターミナルは新しく綺麗でこれなら大丈夫そうだなと着くなり不安はかき消された。
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乗船まで時間があったので、駅で買った名物の「鰊みがき弁当」と「かに寿司」を待合で食べる。身欠きにしんの煮付はあの独特のえぐみが抑えられていて、数の子も穏やかな塩加減で品がいい。意外な健闘は切り昆布の煮付で、身欠きにしんと数の子の間の塩加減になっていて、見事に味を結節してくれる。流石その名にし負う駅弁だった。
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かに寿司は期待していなかったが、意外にしっかりとしたかにの身と酢の味わいが寄り添いあってなかなかの美味。
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お腹もくちくなって準備万端、悠然船に乗り込むことにする。乗ったのは「あさかぜ21」で、車の格納庫は流石に大きく目を引く。
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三階に上がって客室へ行くと絨毯敷きの広間があってその一角に陣を据える。
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車もさほどなく、定刻通り出発するとじきに市電の行先でその名をよく見かけた「函館どつく」が見える。
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そこからもう少し進むと、昨日夢のようなひと時を過ごした「ティーショップ夕日」がかすかに見える。昨日は見送る側で、今日は見送られる側になり不思議な心持に。
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と、家人が「イルカ!イルカ!」と叫ぶので航跡の辺りを見ると確かに十数頭イルカが追いかけてきていた。出港して10分足らず、まだ函館湾内で陸地からも直ぐの所だったから驚かされたし、なんだか得した気持にもなる。
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↑この写真の直後のこと。あっという間に遠のいたので写真は撮れず・・・

やがて眠気が襲ってきたのでひと眠りして起きると、下北半島の仏が浦が遠望される。
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そこが舞台の映画「飢餓海峡」のラストシーンを見て、是非連絡船に乗ってみたいものだと思っていたので独り感慨にふける。

そこを過ぎれば遠くに雪を残した八甲田山が見えてきて、予定よりも20分早く青森港に着岸。WiFiもグーグルのアカウントを使って利用できたし、揺れも全くなく3時間40分の航海はあっという間だった。百鬼園先生が怯えた水中機雷も遥か過去のことになったのだし、海峡の横断は時間繰りをつけてでも船旅に限ると個人的には思う。

2019年6月19日 (水)

津軽海峡北南9:函館景観めぐり

函館では山にも上らず、五稜郭にも駅前市場にもいかず、主に元町界隈を巡った。噂通り、坂にまみれることに。
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↑名所の八幡坂では50を優に超える男女が年甲斐もなく道のど真ん中で写真を撮っていて地元の車が迷惑していた。中華系の観光客のことをとやかく言えない。

横浜に住んでいたくせに山手の丘に足を運んだことがないので洋館が新鮮に感じられ、色遣いの巧みさも知ることになった。
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旧イギリス領事館は庭のバラが時期を迎えていて素敵だった。
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中華会館は重厚なレンガ造り。中は煌びやかな関帝廟があるという。
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旧丸井今井函館店はまちづくり地域センターとして活用されていた。古式ゆかしい百貨店建築は伊勢佐木モールにあった松坂屋を彷彿とさせて懐かしい気持ちに。
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それから来る前に鑑賞した「オーバーフェンス」のロケ地も二つほど。
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↑二人が出会う店の前、そして訓練校の喫煙所と蒼井優目線で見たラストシーンの野球場。

市電が走っているので興味深い諸々も目に入る。
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ホテル裏が倉庫街だったので夜ぶらついてみる。ラッキーピエロが不穏に見えて可笑しかった。
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道々見かけた花も印象深い。
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最後の夜には沖の漁火を見ようと五稜郭前から市電に乗って青柳町まで行った。
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海を目指して人気のない真っ暗な道をおそるおそる歩いていったら、突如眼前に見事な月の出が現れる。波に揺らめく月光の道が彼岸迄続くようにも感じられ、年甲斐もなく心を震わせてしまった。
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漁火は見えなかったが、電停付近の坂も「オーバーフェンス」のロケ地だったからそれも拾い見できて満足。
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ティーショップ夕日といい、函館は山の西と東の外れに魅力が潜んでいることを知った。往時の繁栄が偲ばれるあれこれが残っている街はいい街だなと改めて思わされた次第。
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2019年6月14日 (金)

津軽海峡北南4:HakoBA函館

大沼公園から乗り込んだ普通列車は国鉄時代のもので、シートといい扇風機といい甚く郷愁を誘うものだった。
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存分に堪能して、新函館北斗で函館ライナーに乗り換えようと3番線で待っていると一向に来ない。おかしい・・・と思って跨線橋に上がったら次発は1時間半後1番線からとの表示が。どうやら函館ライナーは着発ともに1番線からとなっていて、接続するはずの列車はもう出てしまっていた。やむなく1時間ぼんやりして先発の特急で函館に到着。
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函館では元町地区にある「HakoBA函館」に宿をとった。
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元は富士銀行函館支店と隣接する博物館だったものを一体でリノベーションしてホテルとドミトリーを併設し、「シェアホテル」と銘打っている。
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我々はホテルタイプのBANK棟のツインに宿泊した。リノベして2年とのことでまだ新しく、デザインホテルを指向していてなかなかに洒落ている。
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ドミトリーなどが入るDOCK棟最上部には共有キッチンがあり、そこから屋上テラスに出ることが出来るが、景色が綺麗だったので朝な夕な足を運んだ。
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特に近所のパン屋で焼き立てのパンを買ってきて、朝日を浴びながらテラスで朝食をとったのはとても気持ちが良かったので印象深い。

従業員の人たちも懇切丁寧だし、観光には持って来いの立地だし、歩いて3分のところにCOOPもあって便利。それでいて1泊7,000円というのは破格の値段で随分気に入ってしまった。函館再訪の際には真っ先に宿泊を検討したいと考えている。

2019年6月11日 (火)

津軽海峡北南1:函館競馬場

梅雨になるとどうも身体の調子がすっきりしない。だから避梅としゃれこんで、津軽海峡の北と南を旅してみた。この短絡さが災いしたのか、出発の朝には季節外れの爆弾低気圧が八甲田目指して侵攻中。それでもなんとか飛行機は飛んで、大揺れの機内から眼下に競馬場が見えたら函館空港に到着した。
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巡回バスとびっこに乗って20分、今度は眼前に競馬場が現れる。
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入場門脇の場外からもパドックが見えるようになっていて斬新。
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数年前に大改修を行ったからとても美しく、スタンド前の観覧ゾーンも芝生だったから、どこか牧歌的で伸びやかな雰囲気があっていい。
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↑開幕週だったからか、入場者全員に配られたサイコロキャラメル

機内の揺れを引きずって、脳がぐらぐらしてたから、あまり競馬には集中できず2Rほどやったものの家人ともども外れ。それでもJRA全十場制覇にリーチがかかったので良しとして市電に乗って中心街へ向かった。
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2019年4月20日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒3

愈々この春の旅も終幕の頃合となり、無事を祝して一献始めようと思う。口開けは新蒲原駅前の酒場岩科に決めていたが開店には少し早く、駅前のロータリーで漫然と時を過ごす。
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この瞬間こそ百鬼園先生がいうところの神聖な空白というもので、なんともいい心持だった。遠望される店先に暖簾が翻ったようだから、腰をあげて店に入る。
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コの字カウンターの一隅に席を得て、最近の静岡銘酒では一番との話もある「英君」の純米吟醸に地蛸ぶつ、ポテトサラダ、それに納豆・とろろ・オクラのネバネバ和えで口開けとする。四十がらみと見える主人は厳粛な雰囲気を纏っていて、名酒場ならではの神経質な人柄かなと思ったら、「桜見物の帰り?」と気さくに声をかけられて緊張も解れる。

蛸は滋味あふれる良質なもので、ねっとり感のあるポテサラもいい。
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何が良いと言って「英君」がいい。濃醇旨口でありながら後口がさっぱりしていて品がある。これが1合もっきりで500円を切るというのだから恐れ入る。その後頼んだ磯自慢の本醸造など歯牙にもかけない見事な酒質で、一遍で贔屓になってしまった。次に静岡に来る暁には由比の山の方にあるという酒蔵に行くことに決めた。

酔いが全身に廻り始めた所で、さっき駅で列車は15分遅れだと言ってたから、乗れないと思っていた25分発がいい具合に滑り込んでくるかもしれないと思い、急ぎ勘定をして駅に行ってみる。
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果たして丁度列車が到着ということになり、時刻表には載っていない列車に乗るという百鬼園先生欣喜雀躍の体験を同じ東海道線で実現するに至って、独り感無量となる。

日も長くなって17時過ぎに静岡駅に着いた時はまだ随分明るい。20時20分のホームライナー沼津の切符を買って、去年の夏に空振りを喰らった駅至近の「こばやし」に行ったら、シャッターが閉まっている。しかし、換気扇は回っていたので開くだろうと思って、パルコで時間を潰して半過ぎに行ったら暖簾がかかっていて安堵した。
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前と同じく串焼きのたんはつにねぎま、串揚げのアスパラと蓮、それにお新香とビールで久闊を叙する。相変わらず肉は荒々しい感じがあり、串揚げも見事な仕上がりで美味しい。
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じきに客が立て込んできたから、早々に店を後にする。勘定は二年前に比べると一割増といったところだが、諸色高直の御時世だけに止むを得ない。

そろそろ頬も上気してきて足取りも軽い。「こばやし」から西北に進むと風情あるネオンが見えてくる。予備店として当りをつけていた「大村バー」だ。
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随分良さそうだったが初志貫徹して門前を素通りし、しばらく行くと目当ての「鹿島屋」の看板が見えてきた。
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宵の口、まだ日の名残で街に赤みがさしている時分に暖簾をくぐる気分は堪らない。まして旅路とあれば猶更だ。
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期待に胸膨らませ、カウンター席に陣取る。ここに来たのは名代と謳うかつおの刺身で静岡銘酒に耽溺するためだから、かつおの注文がまずは通って一安心する。酒は静岡の酒蔵が各種揃い踏みになっていて懊悩したが、先程清見寺で見かけた臥竜梅を思い出してそれの吟醸にしてみる。
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早々に供されたかつおの刺身は流石の迫力で胸が高鳴る。そうしてその分厚い身にかぶりつくと、もちっとした歯応えとかすかな血の香気が堪らなく旨い。
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やや軽めの調子の臥竜梅がそれをさっぱりと洗い流してくれ、それでいて微かに血の余韻を舌に漂わせるのが心憎い。ここに生しらすと桜海老があれば春の静岡の満漢全席とでも呼べようが、今年は不漁で二将は参陣ならず。些か心残りだったのだが、御大将鰹の旨さにそんなことはどうでもよくなった。

春といえば突き出しに出た筍と蕗と蛍烏賊の炊き合わせが淡い味わいでなんとも旨く、無理を承知で御替わりを所望したら「どうぞどうぞ」と持ってきてくれて有難かった。勿論お代はかかるが、小品の追加を嫌がることもなく出してくれる度量がこの店の繁盛の根幹にあるのだと思う。

いい酒場に巡り合えた悦びを胸に店を後にし、北東に針路をとる。
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やがて駿府城の堀端が現れ場内に入ると「静岡まつり」が賑々しく開かれていた。
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この春の旅は終始人のいないところを遅歩してきたが有終を飾るのにはうってつけの賑わいで、夜桜も美しく我が旅の終着を「まずは祝着」と寿いでいるかに見えた。
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これに気を良くして駅前の「蒼苑」で玉子サンドとビール、また「ホームライナー沼津」でチップスターとビールという豪華リレーで独宴会をぴしゃりと締めくくった。
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列車の方も「ホームライナー沼津」→熱海まで普通列車→「快速アクティ」と見事な継投で20時20分に静岡を出て、23時には大井町に着くという快速ぶり。これまた18きっぷの旅の締めくくりとしては会心の乗り継ぎだった。

大きなトラブルもなく8か所にも亘る日帰り旅が無事大団円を迎えた充足感に包まれ、その日はよく眠れた。ただ布団の中に入っても、列車に揺られている感覚がついて回り独りで可笑しかった。

2019年4月15日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒2

昼からビールを呑み、うららかな春の日差しを浴びて微睡んでいる内に興津に着く。愛想のない合理一辺倒の駅舎がJR東海らしくて可笑しい。
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駅から南へ少し行ったところを走る東海道は整備されていて、昔日の面影は少ない。
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ただ目当ての水口屋址は塀が高く聳えていて、わずかに往時を偲ばせる。今はギャラリーとして縁の品々を展示しているが、流石皇室も宿泊するだけあって抱一や探幽の掛け軸があり、明治の顕官達の揮毫も数多ある。岩倉具視の書は素人でも達筆であることが感ぜられた。

阿房列車で宿の名を挙げるほど気に入りだった内田百閒のものもあるだろうとずっと探索したが縁の著名人にもその名はなく、偏屈な性格を忌み嫌われていたのか、全く形跡が残っていない。山の上ホテルが檀一雄の名を避けるのに似たようなことなのだろう。泉下の先生も「止むを得ないものは止むを得ない」としかめっ面でぼやいているやも知れぬ。
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さらに西に進んで西園寺公望終の棲家である坐漁荘も覗いてみる。百鬼園先生は何の感興も催さないと書いているが、名勝清見潟が埋め立てられた今となっては、猶更その感が強い。
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元々の建物は明治村に移築されて重要文化財に指定され、そこはよく考えたもので眼前に水景を臨める立地にしている。だから往時を偲ぶには犬山まで行かないといけない。まとまりのない中学生の自由研究のような資料展示にも些か気が引けてしまい、早々に辞去する。

帰りがけに揚げはんぺんが有名だという魚屋に寄ったら売切と不運が重なる。それでも最後の目的地、家康が人質時代を過ごした清見寺には立ち寄ってみる。
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門前を東海道線が横切っていることで有名な寺だが、全く人の気配がせず少し気味が悪かったので、庭をぐるりとしただけで帰ることにする。なお、柑橘類の名に「清見」とあるのはこの地に由来するとのことだった。

興津の街は御多分に漏れず閑散としているが、それでも街道筋に1軒、駅前に2軒和菓子屋があったので、その名も名物家で練り切りを買って帰る。数種あるとのことだったが、この日は桜しかなく少し寂しい。太陽の光が燦燦と降る土地柄だから発色が強い。造りはごくごく一般的なものだった。
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不完全燃焼のまま興津を後にし、百鬼園先生宜しくスイッチバックして新蒲原へ向かおうとしたところ、構内放送で「沿線火災によりダイヤが乱れ遅れが出ている」と流れてきた。こちらとは違って燃えるとこでは燃えているようだ。ここまでなんとか事故の類は逃れてきていたが、最後になって捕まってしまったかと諦め気分でホームに降りたら、すぐに列車が来て吃驚する。しかも朝夕並みに混雑していたのでより驚かされる。

遅れで各駅に溜まっていた客をたっぷり孕んだ列車は10分ほど行くと新蒲原に着いた。
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ここにある御殿山は桜山として知られているとのことで、時間つぶし方々花見をしようと思う。

誘導看板はあるものの、人通りはなく不安な気持ちのまま5-6分ほど行くと麓の神社に着く。
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そこには桜祭りの準備をする人が大勢集まっていて、その頭上にはほぼ満開を迎えた桜が咲き誇っていて安堵した。
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裏山を登っていくと海と街と桜が見えてなかなかの景色だったが、相当の難路だったので名物の吊り橋に行くことは断念して、途中の腰掛で済ます。誰も居らず閑静で、そよそよと風が吹き、木漏れ日も心地よく、まったく気持ちのいい春の日だ。この一瞬を求めて先月来、彼方此方を彷徨ってきたような気にもなる。
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長居すると桜の精に取り込まれてしまいそうだったので、下山して駅前まで戻る。ホームから拡声器の案内が漏れてきて、まだ列車の遅れは続いているらしかった。

2019年4月12日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒(1)

今春の旅も愈々千穐楽。どこが相応しいか検討を重ねた結果、矢張東海道にしようと決めた。これまで素通りしてきた街道沿いに残る別荘建築の見物方々、百鬼園先生ゆかりの興津水口屋へ足を運び、時期を迎えた桜を愛でてから初鰹と静岡銘酒を存分に堪能しようと思う。

川崎駅に予定より早く着いたら、一本前の大船行に間に合ったので乗り込むと、残る停車駅は横浜と戸塚だけだから乗客も少なくいきなり座っていくことが出来た。これは幸先がいい。大船で乗り換え、国府津過ぎでは秀麗な富士も見え、朝から随分気分がいい。
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小田原で降りて乗り換えの箱根登山鉄道には少し時間があるので、駅前の守屋パンへ行って昼食と土産を買う。流石に行列はなかったが、先頭の三十がらみの男が一々パンの特徴を店員に聞き、逡巡しきりで渋滞は発生していた。その後彼はコッペパンを選んだが、そこに塗るペーストの種類を一々聞き出し始め、ついに店員に愛想を尽かされていた。日本の将来は矢張昏いような気がする。
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↑初めて購入したフランスパン。あんパンの外側をたっぷり食べたかった宿願が叶う。

パンを買い込み乗り込んだ登山鉄道は最早日本人は皆無で隔世の感がある。一駅先の箱根板橋で降りて目的地である「老欅荘」へ向かう途上、旧街道に出てこれも有名な「内野家住宅」に遭遇する。
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運営を担っていたまちなみ保存会から「この3月末をもって一般公開は終了した」との掲示があり、ここにも日本の足腰の弱まりを見た思いがする。

そこから細い路地を少し上ると老欅荘が見えた。門前の桜は今が盛り。
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ここを建てた松永耳庵は父が勤めていた会社の開創の人であるから、所縁がない訳でもない。近代三茶人の一人ということでさぞ所蔵の逸品が展示されているのかと思ったが、展示室に茶道具や掛け軸は少なく、またこれというものも無くて少し肩透かしを喰らう。後で調べたら大半のものは東京国立博物館に寄贈してしまったらしい。

その裏手の小山に登っていくと、名前の由来となった大欅が出迎えてくれ、更に行くと住み暮らした庵が静かに建っていた。
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入って右奥の茶室の向こうには桜が咲いていて、風が強かったから吹雪となって広間前の庭に降り積もり、なかなかの風情があった。この茶室を次の間から端坐して眺めると、薄明が差し込む様子が殊に美しく、日本家屋の神髄にわずかに触れた思いがした。

各部屋にはきちんと野花が活けてあって感心したが、池の畔のもう一つの茶室で熱心に作業してる係の方が「私が活けているんです」という。随分熱心に再訪を勧誘されたし、月に一度土曜日には気軽な茶会が開かれるというから次は時間を取って訪問することに決めた。
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ここから東へ行くと、稀代の別荘偏執狂である山縣有朋の「古稀庵」があり、その裏手に腹心清浦圭吾の別荘があるというので、tweedeesマニアとしては足を運ばざるを得ない。(なお、大森山王にある「清浦坂」は訪問済み)
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↑途中竹林と竹垣が綺麗な細道を行く。

今は個人の御宅となっていて、公開日時は限定されているからそれに合わせて行ったつもりだったが、どうも庭仕事が入るようで公開されないようだったので、ここは次回にと踏ん切りをつけて駅に向かうことにする。
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↑古稀庵の門のみ写真に収める。

小田原駅まで戻ると想定よりも随分時間が余った。昼は守屋のパンと思っていたが、前から気になる「日栄楼」へ行って軽く餃子とビールで時間を潰すことにした。
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古びた扉を開けると店主らしき老爺がテーブルに陣取ってテレビを眺め、「どうぞ」と声をかけてきた。その卓には雑然と新聞や調味料が置かれ、うずたかく南瓜煮が積まれた鉢もあり、それを肴に飲み始めているように見える。
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やや荒れた雰囲気に大丈夫かなと恐れて待っていると、席の後ろからジュウジュウ焼ける音がする。なぜか餃子は厨房ではなく、入口横の狭いスペースで作られる仕様になっていた。待つことしばし、想定とはかけ離れた棒餃子が来た。
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こういう古くからの店が、流行りものに手を出して成功した験しはない。失意に暮れて一口食べると「シャクッ」と何とも軽い歯ざわりで餃子の皮が砕け散ると同時に香ばしさが鼻腔をくすぐる。そうして餡からはにんにくの風味が漂って、食い気を荒々しく刺激してくる。ハードルが下がっていたからか、これが抜群に旨い。こういう油で揚げる感じの餃子、例えば宇都宮餃子などは苦手な類のものなのだが、ここのものは別次元の軽やかさですいすいと胃の腑に消えていく。これは思わぬ出会いとなり、甚く満足して店を後にする。小田原市民におかれては、是非当店に足繁く通ってこの隠れた名物を墨守していただきたい。

気分も良くなって、二年前には蕾しか見られなかった城の堀端の桜を見に行くと、今日は通り抜けのようになっていて大変結構な景色になっていた。想定外の大収穫に満足して小田原を後にした。
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2019年4月 6日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(下)

凡そ九年振りとなるヘレナ国際乗馬クラブは併設されたゴルフコース共々偉容を保っていて安堵する。間に大震災が挟まっていることを感じさせず、よく整備された施設も記憶のままの姿だった。
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厩舎に囲まれた角馬場で乗馬の装備をつけてしばし待つと、のっそりと彼が現れた。
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齢15歳となり随分老いただろうなと思っていたが肉付きも毛並みも上々で、それだけで倶楽部の方々に頭を下げたくなるくらいだった。早々に跨るとサラブレッドだけあってかなり高い。
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それでもお行儀の良さでは名高い彼だけに、途中イヤイヤをすることもなく、安心して騎乗した。体験乗馬は係の方が付き添ってくれるので、騎乗中ミストラルクルーズの話を色々と教えてくれる。曰く「利口な馬なので幼稚園児も乗せてるぐらいです」「年に1度、地元のお祭りの流鏑馬にもご指名がかかって参加してます」「倶楽部のパンフレットやCMにも出演して1番人気の馬です」「今でも出資されていた方が誕生日にリンゴや人参を送ってくださります。」「調教師の方も一度会いに来られました。」「騎乗が出来なくなっても功労馬としてずっとこちらでお世話すると思います。」「近況は倶楽部のブログで見られます」等々
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競走馬としては闘争心が少なく、主戦の藤田騎手に”ペットみたいな馬”と言わしめた素直な気性が乗馬としては有利に働いて、ここで皆に愛される日々を送っているというから何が幸いするか判らない。騎乗後首を撫でて「ホント、良かったな」と声をかけたらパーカーの袖に顔を擦りつけてきて、皆に愛される片鱗を見た思いがする。
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心根の優しい鈴木康弘調教師のご配慮と毎日欠かさず世話をして下さる倶楽部の方々にただただ感謝するばかりである。今度は遠乗りで一緒に海岸を歩こうと心に決めて倶楽部を後にする。(倶楽部のブログで彼が取り上げられた記事はこちらこち、さらにこちらなど)

植田駅近くにもなかなかの喫茶店があるようなので、愛馬に再会した興奮を鎮めようと足を運ぶ。エリーヤはいつかどこかで見かけたような外観で、中に入ると古びてはいるもののよく手入れされて整然としているから、空気の淀みは感じない。
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一隅に席を得て、やっぱりここはクリームソーダだろうと注文する。お手製なのだろうか、布で作られたコースターがほのぼの感を醸し出す。少し暑いくらいの陽気になったから、独特の甘みときりっとした炭酸が喉に心地いい。
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後から来た親子連れも頼んでいたが、楽しげに話ながら緑色の液体を吸う姿を眺めるのはなんだかちょっといい。あんまりそうしていると訝しがられるので、溶けかけのアイスをかきこんで店を後にする。

近くに和菓子屋らしき店構えを見かけていたので行ってみるとやっぱりそうだったので、土産を買うべく中へ入る。ここ高月堂で驚かされたのはその値段の安さ。桜餅120円も見事だが、黄身しぐれが80円というのには驚かされた。桜餅は道明寺粉ではなくぼた餅のようにうるち米を半搗きしたものだったが、その鄙びた感じがかえって実直でよく、実際程よいむっちり感で美味しい。特筆すべきは桜葉の薫りで、箱を開けると鼻腔にふわりと春の香りが広がって実に良かった。
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黄身しぐれもほこほことした外としっくりした中のバランスが良く、甘さも調子が整っていて美味しいものだった。
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目について購入した「茶通」は焼いて香ばしさを増した茶葉がしっかりアクセントになっていて、なるほどこれは工夫したのものだなと感心した。
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おまけとして御煎餅もつけてくれるし、安いし旨いし心づくしでとてもいい店だった。

もう少しだけ時間があったので、五浦の方まで行ってみる。釣り方々鮟鱇を食べに行くことを企図した平潟港に寄ると、なかなか風光明媚で目当ての宿「砥上屋」は港の目の前という好立地だった。乗馬とうまく組み合わせて泊まるのも悪くない。
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もう少し行くと五浦で、早咲きの山桜と土筆が迎えてくれた。
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今日再びの太平洋はやはり雄渾で、胸がすく思いがする。
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そろそろ時間が来たので勿来に戻って車を返し、ホームに入ると西日に照らされて茜さす時間になっていた。
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列車はほぼ無人のまま進んだが途中そばかすがチャーミングな女子二人組が前に座り、しばらく行った駅から私服生活が始まったばかりらしい男子三人組が一席空けて並んで座り、時折話しかけながらぎこちなく過ごしている。そう、その一席分が遠いんだよなと思う。

勝田を過ぎて水戸に入る手前では見事な夕陽が現れてしばし見蕩れる。
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常磐線のいいところは幹線道路が並走していないので、日が暮れるときちんと夜の闇が降り積もるところにある。遠い山の稜線や雑木林の木々の枝が影絵のようにくっきりと姿を現して、それはそれで静かな美しさがある。
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あたかも車窓が藤城清治の世界になったかのようで、夢幻の闇を進んでいく感じが味わえていい。ある駅など、突然人の足がにゅっと現れて、闇の深さが偲ばれた。都内にいるとなかなか味わえない風景であって、次に訪れる際にも帰りは宵の口にしようと思っている内に品川に着いた。
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