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2019年7月 3日 (水)

津軽海峡北南23:さくらんぼ狩り・秋田犬の里・石田ばら園等

旅の最終日は家人からたっての希望で、まずテレビで紹介されていたサクランボ狩りをしに「津軽ゆめりんごファーム」へ行った。
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↑リンゴはほんのり色付き始めた姫林檎の状態だった。

リンゴ畑の一角に雨除けのついたサクランボ園があり、一人1,000円で1時間食べ放題とかなり良心的な価格設定。行ってみると見事に熟したサクランボがたわわになっていて、摘まんでは口に放り込んで種を吐き、食べてはペッと種を飛ばし・・・・となかなか野趣あふれるもので、猿だった頃のDNAが活性化するのか繰り返していると興奮が高まり苦笑い。充分元は取れたる位は食べられたので、季節の味を思う存分堪能。
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その後、おぐらで支那そばを食べ、
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古遠部温泉に浸かり、
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道すがら以前行った芝谷地湿原に行ったら、3週間前に熊が出没したので閉鎖されていたので、
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大館のアマリリスしんこやへ行って小休止。
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駅前の「秋田犬の里」をぶらりと巡って
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花善の「鶏弁当」を夜御飯用に買ってから、
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季節を迎えていた石田バラ園に。若干見頃は過ぎていたが、それでも実に見事な咲きっぷり。
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隣の「秋田犬会館」も覗いてぐったり気味の二頭を労って、
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愈々大館能代空港に向かう。グーグルマップでは25分ほどで着くと出ていたので余裕だと思ったら、カーナビでは50分以上かかると出てきて離陸ギリギリだったから焦る。下道でトロトロ進むと高速の表示に「大館能代空港」と出てきたのでそれに乗ると、走っている車は皆無で、空恐ろしくなるほど。どうやらグーグルはこのバイパスが開通したことを知っていたが、カーナビは情報が更新されていないのか認識していないようだった。だから、ナビの画面では地図上の道なきところをずんずんとヘリにでも乗ってるように進んでいって可笑しかった。

↑この辺りを飛んでいた

結局余裕を持って空港には到着。雷雨に見舞われ出発は遅れたものの無事の帰京と相成った。

2019年6月27日 (木)

津軽海峡北南17:高砂・仁平寿司

弘前での昼食は二日とも立派な普請の店でとった。

【高砂】
門を構える「高砂」は敷地に蔵もある豪壮な屋敷で、奥の座敷では精進落としが開かれるなど土地の人の節目節目にも対応する大店だったが、店の人たちは大らかで特段緊張を強いられることもなかった。
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暑かったのでもりそばを食べようとしたところ、こちらではざるが大盛であると書かれていたので、そちらにする。
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待つこと数分、供された蕎麦はほっそりと白い更科蕎麦で、店の雰囲気によく合っていた。
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汁は甘からず塩辛ずの程よいもので、するりするりと胃の腑に滑り込む。弘前はアップルパイや和菓子など甘いものの宝庫なので、昼を抑えめにしたいという向きも多いと思うが、ここなどその要望にピタリと応えてくれると思う。

【仁平寿司】
九年前に弘前に来たときには情報が少なすぎて躊躇してしまったが、今回は様子が判ったので予約を入れて伺うことにする。弘高下駅からすぐの店は高砂よりもさらに豪奢な造りで、一見では寿司屋であることが判らないかもしれない。
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中に入っても銘材をふんだんに使った見事な柱や梁が壮観で店に品格を与えていたが、不思議と威圧感は感じずに唯々その直線の決まった美しい空間を堪能することが出来た。電話した時にお決まりの3,000円があるとのことだったのでそれを二人前頼んで、座敷から望む窓外の青紅葉を肴に盃を傾ける。
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直に華麗な色絵が施された大皿に盛られて端正な寿司が登場。一瞥しただけで「これは間違いないだろう」と思ったが、果たしてどのネタも申し分なく美味しくて相好が崩れるのを禁じ得ない。
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どのネタも口に入れると、その真味が真っ直ぐに舌に伝わってくるのだがその加減はあくまで優美で厭らしさがまるでない。そうして「ほう、これは・・・」と堪能していると、蜃気楼のように跡形もなく風味が消えていく。だから、続けて食べても前の魚の余韻が混入することなく、毎度毎度きちっとその魚の真味のみが舌にたち昇る。練達の仕込みがなされていることがありありと感じられて、いや実に驚かされた。

まだいけそうな腹具合だったので、追加に鉄火巻をお願いすると「巻物でしたらうちの梅巻は他所にないものだから是非食べて行ってください」とご主人からのお誘いが。もちろんそれも頼んで、これもお勧めという穴子と美味しかった北寄貝を追加で握ってもらう。
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鉄火は勿論美味しいものだったが、お勧めのカリカリ梅を巻いた梅巻はなるほど他にはそうないかもしれない。梅雨前の少し蒸し暑い時だったから、一緒に巻かれた紫蘇の香りとシャキシャキとした梅の歯応えが心地よく感じられて、印象深い一品になった。

女将さんの細やかで心安い接客は気持ちの良いものだったし、大女将もネタの下拵えを手伝ってきっちりその任を果たされているなど家族皆で客をもてなそうという真摯な気持ちが満ちていて、とてもよい時間を過ごすことが出来た。ここは季節を替えて必ず再訪したいと思う。御馳走様でした。
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2019年6月25日 (火)

津軽海峡北南15:弘前名所めぐり

前川國男は江戸東京たてもの園で旧自宅を訪れた時に直線が生かされた小ざっぱりとした雰囲気に好感を持っていた。その彼が母の故地である弘前に多く作品を残しているというので巡ってみた。デビュー作のこぎん研究所は変哲のない建物に見えたが、それほど普遍性のあるデザインとして日本中で模倣された証左であるようにも感じた。
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ここは二階が前川氏のミニ展示室になっていて、氏の略歴や設計した建物の模型や写真パネルが貼ってあったから、初心者の我々にはうってつけだった。無料ではあるが、寸志として300円寄付しておいた。
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弘前城内には市民会館と博物館が隣り合っている。市民会館に微かな郷愁を覚えたのは、子供の頃に何度か行った桜木町紅葉坂上の神奈川県立青少年センターによく似たデザインだったからだ。似てるのは道理で、これも氏が設計している。
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中に入ると有名なステンドグラスが目を惹くが、これは数年前に作成されて嵌め込まれたものだという。
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こういう建築物だと安易に手を入れようとせず墨守しがちだが、そこに安住せずに沈思黙考を続けて、建物の雰囲気に寄りそう美しい光の景色を生み出す辺り、弘前の人々の美的感覚は相当に優れているように思う。

博物館では昔の弘前の様子を回顧する特別展示がされていて、明治期創業の石場旅館が古地図に載っているのを見つけたりして楽しめた。こちらは後期の作でレンガタイルが前面に出ていて作風の変化がうかがえる。よく雰囲気が似ている東京都美術館も氏の設計と知り納得した。
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ここから至近である城正面の市役所もこの作風を伝えていて、統一感があって好もしい。
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城といえば城内の植物園に白孔雀がいるから見た方がいいと言われ、花々を楽しんで歩いていたら、キューキュー泣き声が聞こえるのでそちらに行くと、純白無垢の美しい姿が見えてハッとした。
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繁殖期が近いので求愛の為に羽根が伸びていて、その優美な姿を見ることが出来たようだ。これはツイていた。

この他最勝院の五重塔も青空を分つように屹立していて見事だったし、その三門の前に樹齢300年近いエドヒガンザクラの樹があって、流石の精気を放っていたのも印象深い。
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宿の隣の日本基督教団弘前教会は真白く気品が感じられ、
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中央弘前駅に隣接する昇天教会はアメリカ開拓時代の素朴な信仰心を彷彿とさせて生垣の薔薇も見事。
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弘前は街のサイズの割に見所が多くて楽しめた。

2019年6月24日 (月)

津軽海峡北南14:大正浪漫喫茶室・喫茶レモン

弘前についてまず向かったのは藤田記念庭園にある大正浪漫喫茶室だ。ホテルのチェックアウトを済ませて観光客が街に繰り出す10時半ごろまでなら落ち着いて雰囲気を楽しめるだろうと思って行ってみたら、果たしてその通りで10時前の入店時には我々のみ。
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しかし退店時には修学旅行生に加え地方視察の地公体関係者もドンドンやって来て、大方予想通りとなった。ここでは市街地から離れていて行きづらい「ピーターパン洋菓子店」のアップルパイをいただく。
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パイ生地の中にしっとりしたスポンジとリンゴのコンポート、それに砕いた胡桃が忍ばせてあって、単純なアップルパイにはない味わいの協奏が楽しめてとてもいい。リンゴの街ならではの凝った一皿にありつけてとても満足した。

この記念館は大正・昭和期に中央財界で名を馳せた藤田翁によって建てられたものだそうだが今は観光の目玉になっていて、弘前に人を誘引する任を立派に担っている。死して尚地元に資するものを遺したあたり、故郷に錦を飾る理想形を見た思いがする。なんでも展示されていた年表によれば藤田翁は大森や荏原に自宅を構えていて、品川区の小学校にも寄進されていたとの由。思わぬ縁も知ることが出来て嬉しくなった。
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↑様々な意匠が美しく保たれていて感服。

【喫茶レモン】
晴れて随分暑くなってきたので、最勝院に立ち寄った際に門前の喫茶レモンで小休止をとった。どことなく昇天教会を思わせる意匠を凝らした外観が洒落ているが、日によってはジャズや室内楽のコンサートも開かれる店なのだそうだ。
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中は天井が高く開放感があって、玄関のドアを開け放していたからとなりを流れる川筋の風がこちらにも入って来て心地いい。店名ゆえにレモンスカッシュを頼んだら、生レモンを絞ってミントの葉も添えてくれた本式のもので嬉しくなる。
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おかげで暑さで減じていた活力が回復して、体の中にも涼風が吹き込んできたようだった。優し気なマダムにレモンスカッシュが美味しかったと告げると「まあ、そうですか。嬉しいです。」と沁み入るような笑顔を見せてくれて、それも元気回復の一助となった。最勝院に来たなら、寄った方がいい店だと思う。
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2019年6月22日 (土)

津軽海峡北南12:シュトラウス・甘精堂・クレオパトラ

【シュトラウス・甘精堂】
青森に行く楽しみの一つは「シュトラウス」に再訪することだった。相変わらず豪奢な雰囲気を保っていて、判っていてもここが青森であることを忘れさせる位のものだから矢張感服する。
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前回の訪問時には品切れだった「アプフェルシュトゥルーデル」があったので迷わずそれを注文する。
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薄手の生地の中には林檎・干し葡萄・ナッツ類のフィリングがぎっちり入っていて、ゲルマン系の律義さを体現しているかのようだった。酸味と甘みと香ばしさ、それにシナモンの香り付けも程よくて絶妙の均衡を保っている。これには生クリームの利いたウィンナーコーヒーの円やかな苦みが丁度よく、ウィーンでの午後のひと時もかくあらんという完成度に甚く満足した。

階下に降りるとお土産用の廉価版シュトゥルーデルがあったので買ってみたが、こちらはアップルパイのスティック版という仕上がりで、青森土産として喜ばれそうな一品だった。
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ここに来て忘れてならないのはそもそもの経営母体である和菓子の甘精堂で、昆布羊羹で名を馳せているが店の片隅に美麗な仕上がりの上生菓子が置いてあったので買って帰った。「清流」は見事な透明感に加え、苔の表現と共に川の匂いを運ぶ青海苔が微かに忍ばせてあって、その心配りにも瞠目させられた。
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「涼風」の淡い色彩と情緒深いグラデーションも美しい。
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いずれも申し分ない出来で揺るぎない老舗の底力を見た思いがした。ここの上生菓子はもっと評判をとってもいいと思う。

【クレオパトラ】
今夜の宿であるアートホテル青森に向かって新町通りを行くと、終点近くにただならぬ雰囲気を放つ喫茶店があったので、当初予定した「マロン」をやめて翌朝その「クレオパトラ」へ行くことにした。

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重厚で装飾的な調度品は純喫茶らしさを感じさせるが、店名からエジプトやアフリカを想起させるオブジェも多数飾ってあって、兼高かおるの家にでも招かれたかのような気持ちになった。
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また京都のイノダ本店のように店内に坪庭があって、そこから採光されているから店構えの印象より随分明るく、朝露に濡れ青々とした草木を眺めて飲む珈琲には清々しさすら漂っていた。

朝食に頼んだミックスサンドは鮮やかな色合いで食欲をそそり、オムレツも固からず柔らかすぎず玄妙な仕上がりで朝から幸福な気持ちになる。
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トイレの装飾も特徴的で印象に残るものだし、そこここに念の入った見事な店だった。余談だがインスタグラムに随分当店の写真が載っていて、ここを放ってはおかない青森女子の成熟ぶりにも感じ入った次第。

2019年6月18日 (火)

津軽海峡北南8:ティーショップ夕日

函館に来たかったのには三つ理由があった。その内の競馬場に足を運ぶことと大沼へ行くことは果たして、最後の宿願である「ティーショップ夕日」に向かったのは夕方17時前。元町のバス停から船見町行のバスに乗って終点までいくと坂道で苦労することもなく店の至近まで辿り着くことが出来た。少し歩くと薄桃色の平屋が見えてきて、そこが「夕日」だった。
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眼前に函館湾が広がり、夕日を浴びながら水道を行きかう船の様子が眺められる。店内はごく静かで、ゆったりとこの黄金の刻を楽しもうという客が思い思いに窓外を眺めていた。
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家人は嬉野の煎茶、こちらはほうじ茶を頼んだが、家人の緑茶が完璧な抽出によってとてもコク深く、昆布のような旨味が感じられるのには驚かされた。いかに普段雑にお茶を入れているか、自然と反省する気持ちになる。
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それにしても深い味わいの茶を喫しながら飽くまで輝く海を眺めることが、ここまで心に安らぎをもたらすとは思わなかった。どういう状態になるのかといえば、心地よい春風と陽を受けながら、いつまでもいつまでもウトウトと微睡み続ける感じに近い。ひと時地上の極楽に揺蕩うことが出来た悦びは、なかなか得難いものがあった。僅か40分ほどの滞在だったが、私にとっての函館の風景といえばここで見た野の花やきらめく漣や風雪を耐えた建物の風合いということになると思う。幾久しく続いてほしい店だ。
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2019年4月12日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒(1)

今春の旅も愈々千穐楽。どこが相応しいか検討を重ねた結果、矢張東海道にしようと決めた。これまで素通りしてきた街道沿いに残る別荘建築の見物方々、百鬼園先生ゆかりの興津水口屋へ足を運び、時期を迎えた桜を愛でてから初鰹と静岡銘酒を存分に堪能しようと思う。

川崎駅に予定より早く着いたら、一本前の大船行に間に合ったので乗り込むと、残る停車駅は横浜と戸塚だけだから乗客も少なくいきなり座っていくことが出来た。これは幸先がいい。大船で乗り換え、国府津過ぎでは秀麗な富士も見え、朝から随分気分がいい。
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小田原で降りて乗り換えの箱根登山鉄道には少し時間があるので、駅前の守屋パンへ行って昼食と土産を買う。流石に行列はなかったが、先頭の三十がらみの男が一々パンの特徴を店員に聞き、逡巡しきりで渋滞は発生していた。その後彼はコッペパンを選んだが、そこに塗るペーストの種類を一々聞き出し始め、ついに店員に愛想を尽かされていた。日本の将来は矢張昏いような気がする。
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↑初めて購入したフランスパン。あんパンの外側をたっぷり食べたかった宿願が叶う。

パンを買い込み乗り込んだ登山鉄道は最早日本人は皆無で隔世の感がある。一駅先の箱根板橋で降りて目的地である「老欅荘」へ向かう途上、旧街道に出てこれも有名な「内野家住宅」に遭遇する。
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運営を担っていたまちなみ保存会から「この3月末をもって一般公開は終了した」との掲示があり、ここにも日本の足腰の弱まりを見た思いがする。

そこから細い路地を少し上ると老欅荘が見えた。門前の桜は今が盛り。
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ここを建てた松永耳庵は父が勤めていた会社の開創の人であるから、所縁がない訳でもない。近代三茶人の一人ということでさぞ所蔵の逸品が展示されているのかと思ったが、展示室に茶道具や掛け軸は少なく、またこれというものも無くて少し肩透かしを喰らう。後で調べたら大半のものは東京国立博物館に寄贈してしまったらしい。

その裏手の小山に登っていくと、名前の由来となった大欅が出迎えてくれ、更に行くと住み暮らした庵が静かに建っていた。
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入って右奥の茶室の向こうには桜が咲いていて、風が強かったから吹雪となって広間前の庭に降り積もり、なかなかの風情があった。この茶室を次の間から端坐して眺めると、薄明が差し込む様子が殊に美しく、日本家屋の神髄にわずかに触れた思いがした。

各部屋にはきちんと野花が活けてあって感心したが、池の畔のもう一つの茶室で熱心に作業してる係の方が「私が活けているんです」という。随分熱心に再訪を勧誘されたし、月に一度土曜日には気軽な茶会が開かれるというから次は時間を取って訪問することに決めた。
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ここから東へ行くと、稀代の別荘偏執狂である山縣有朋の「古稀庵」があり、その裏手に腹心清浦圭吾の別荘があるというので、tweedeesマニアとしては足を運ばざるを得ない。(なお、大森山王にある「清浦坂」は訪問済み)
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↑途中竹林と竹垣が綺麗な細道を行く。

今は個人の御宅となっていて、公開日時は限定されているからそれに合わせて行ったつもりだったが、どうも庭仕事が入るようで公開されないようだったので、ここは次回にと踏ん切りをつけて駅に向かうことにする。
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↑古稀庵の門のみ写真に収める。

小田原駅まで戻ると想定よりも随分時間が余った。昼は守屋のパンと思っていたが、前から気になる「日栄楼」へ行って軽く餃子とビールで時間を潰すことにした。
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古びた扉を開けると店主らしき老爺がテーブルに陣取ってテレビを眺め、「どうぞ」と声をかけてきた。その卓には雑然と新聞や調味料が置かれ、うずたかく南瓜煮が積まれた鉢もあり、それを肴に飲み始めているように見える。
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やや荒れた雰囲気に大丈夫かなと恐れて待っていると、席の後ろからジュウジュウ焼ける音がする。なぜか餃子は厨房ではなく、入口横の狭いスペースで作られる仕様になっていた。待つことしばし、想定とはかけ離れた棒餃子が来た。
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こういう古くからの店が、流行りものに手を出して成功した験しはない。失意に暮れて一口食べると「シャクッ」と何とも軽い歯ざわりで餃子の皮が砕け散ると同時に香ばしさが鼻腔をくすぐる。そうして餡からはにんにくの風味が漂って、食い気を荒々しく刺激してくる。ハードルが下がっていたからか、これが抜群に旨い。こういう油で揚げる感じの餃子、例えば宇都宮餃子などは苦手な類のものなのだが、ここのものは別次元の軽やかさですいすいと胃の腑に消えていく。これは思わぬ出会いとなり、甚く満足して店を後にする。小田原市民におかれては、是非当店に足繁く通ってこの隠れた名物を墨守していただきたい。

気分も良くなって、二年前には蕾しか見られなかった城の堀端の桜を見に行くと、今日は通り抜けのようになっていて大変結構な景色になっていた。想定外の大収穫に満足して小田原を後にした。
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2019年3月24日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:焼津酒蔵巡礼(下)

まずもっての目的である磯自慢の酒蔵を見物して、昼飯を調達しに南西にある「サスエ前田魚店」へ向かう。磯自慢の蔵から南下して川にぶつかったら西へ進むという道順をとったが、川沿いの西行きは川筋を抜ける強い西風が吹き付けて思ったよりも前に進まず、しかも乾いた冷たいものだったので痛いくらいに額を撲っていくので相当に骨が折れた。観光協会のご婦人の憂慮の訳をここで初めて知らされることになる。
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それでもようやく到着したサスエは刺身が抜群であることで名を馳せていて、そこが作る寿司や丼だから絶品だというので足を運んだ。12時にならないと弁当類は出てこないというので15分前に行ったらやはり陳列されていなかったので、近くの公園で寒風にやられた身体を陽にあてて養生してから戻ると、賑やかなネギトロ丼といった感じのものが一種類、5点ほど置かれただけだった。

その後も出てくる気配はなかったのでやむなくこれと、これもお勧めというびんちょう鮪の刺身を買って海沿いのふぃしゅーなを目指そうと思ったが、寒風によるダメージが大きく次第に偏頭痛がしてきたので、これ以上風に吹かれるような場所にいるのは困難と判断して、先程陽に当たった公園に向かい、「ここを食卓とする」と宣して午餐を摂ることにする。
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何とはなしに女子向けの雰囲気がするネギトロ丼はいくらや賽の目切りの玉子焼きも載って、目には楽しいが鮪の旨味や醍醐味はどこに隠れたのか一向に現れない。びんちょう鮪も、立ち食い寿司で食べるあれとさして差異はない。どうも予約をして誂えてもらうようなものでないと、その実力は味わえないものらしい。

結構な空振りをしてしまい、しかも酒を口にしてしまったので自転車に跨りトボトボ歩くことになり、その怪しげな風体から通報されて事案化しないかびくびくしながらようやく駅まで戻るはめに。我ながら閉口した。

ここからバスに乗って北に向かうとすぐに菜花が一面咲き乱れている堤に出ていかにも気持ちが良さそうだったから、こっちで飯を食えばよかったと恨めしく思う。その後も菜花は間断なく、庭先に畔に川端に路地に隙間を見つけては咲いていて心を和ませてくれる。
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目的の岡部宿には初亀の蔵と昔の旅籠の建物が残っているという。そこに向かう旧東海道沿いに小川が流れ、河畔には菜花が咲き早咲きの桜が流れを覆うような景色があって、いかにも春めいていて心が弾む。
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野辺の花を愛した荷風をストリートビューの黄色い彼のようにここに召喚したならば、満足げに下駄を鳴らしてテクテク歩き続けるように思えた。

直に初亀の酒蔵が見えてきた。先程飲んだ限りでは最後の後口に今少し品格があればという出来だったが、次の機会では小川の景色を思い出しながらの一献となるだろうから一味増して旨かろうと思う。
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さらに行くと岡部宿の旅籠「柏屋」に着く。なんとか観光の目玉にと意気込んだようだが、資金が足りなかったのか本陣跡は簡素な立札があるだけで往時を偲ぶよすがもなくて肩透かし。
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広場でぼんやり花を眺めてから、近くのいやし庵なる白飯が売りの店で夕飯用の握り飯を買って、早々に立ち去ることに。これで春の小川の景がなければ連続して肩透かしを食らうところだった。
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無駄に立派なバス亭でも寒風に曝され、
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いよいよ偏頭痛が気分を支配してしまう仕儀になり、どうにか緩和しようと駅前の温泉施設へ行って入浴するが、塩気のある泉質で妙に温まりすぎて、今度はどくどくと脳を脈打つのが煩くてしかたない。
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それがあるから午睡もかなわず這う這うの体で電車に乗り込む。
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前回随分楽をさせてもらったホームライナー沼津に今度もお世話になる算段で、静岡の駅ビルでビールのアテを物色することにしたが、どこにでもある店ばかりで面白みがない。

ようやく見つけた練り物屋は地元の店のようであんまり賑わっていなかったが、好物の薩摩芋天(ここでは”おいもさん”といった)があったので買い込んで、悠然ふかふかの座席につきささやかなる夕餉の時間に。少しぽそぽそするが、混じりっ気のない素朴な味わいがいい”おいもさん”は腹持ちもいいし、ビールにも合う。
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丸めて串にさしたりすれば、随分見栄えも良くなって売れそうな気がするが、どうだろうか。岡部で買った握り飯はきちんと塩気が利いた握り飯で、美味しかったが吃驚するほどのこともなかった。
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たちまち沼津まで走り抜けて、熱海を出て小田原に差し掛かった頃、座席下のヒーターの熱気が増してくる。そこには焼津で買う時に「冷蔵保存でね」と店の方に念を押された喜久酔の四合瓶が保冷剤と共に簡易な冷蔵パックに入っている。そのシールドは薄く、熱風をどれくらい持ちこたえられるものか・・・・知らぬ間に第三新東京市下でヤシマ作戦的なものが展開しはじめていて、シンジ君にでもなったつもりでエントリープラグにも似た冷蔵パックを開けて「キクヨイ!」と声を掛けたら、まだ十分冷たくてニコっと笑いかけてきたから安堵した。
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↑無事自宅に辿り着いた喜久酔と磯自慢。県内向けの磯自慢は1升2千円と格安で、帰京する強者サラリーマンが3本購入していた。但し、その酒質は馴染んだ磯自慢のものには程遠く、ごくあっさりとした味わいで別物に近い。

そういえば、静岡の練り物屋も蒲「菊」だし、和菓子の「白喜久」といい菜花の季節によく菊に出会った不思議な旅だった。

2019年3月19日 (火)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:房総右上鼻眼鏡(下)

成田から少し行ったところに、江戸時代の街並みを忠実に再現した「房総のむら」という施設があるというのでバスに乗って目指す。
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途中「〇〇台」と名の付く住宅開発地域を通っては鬱蒼とした山を抜け、また住宅開発地域に・・・というのを数度繰り返して25分ほどで最寄りの竜角寺台2丁目に到着。時刻表上は15分ほどとなっているのに、スムースに流れて25分かかったのはどう考えても設定時間がおかしいように思うが、皆心得ているのか静かに乗車していた。

菜の花に出迎えられて少し機嫌も持ち直して早速入園。
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確かに江戸の宿場町にでも迷い込んだような街並が顕然と現れ、しかもかなり細部まで作りこまれていて破綻がなく、往時の「見世」の雰囲気が濃厚に感じられていい。
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また、いずれの建物も当時の生業を体験できたり、二階部分にも登れるようになっていたりと、きちんと建物が活きているからより江戸へのトリップ感がより高まる仕組みになっている。やるじゃないか千葉。
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その裏手には武家の住まいがあって、ここの縁側で日向ぼっこをした気持ちの良さは忘れ難い。
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少し前なら眼前に盛りの梅を見ることが出来たようで、その隣には立派な枝振りの桜があったから、それこそ当主にでもなった気持ちで愛でることが出来るのだろう。

少し行くと今度は立派な長屋門を備えた豪農の家が。手前にきちんと季節の作物が植わった畑があって、それがリアリティを与えるのに一役買っている。
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ここも先程の武家屋敷同様に中に入って生活道具にも触れることが出来る趣向となっていて、当時の生活を追体験できる。
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予想外の本格ぶりにいささか興奮して、これまたいかにもそれらしい茶屋で一服。きんつばがパッケージ詰めだったのが少し興醒めで、皿で出し房総名産黒文字の楊枝が添えられていれば申し分なかった。
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↑ぬかるみにはなんと筵が敷かれていた。徹底ぶりに感服。

入場門近くの早咲きの桜も堪能できたし、やってみたい体験も色々あったから、次は桜の季節に腰を据えて来ようと思う。
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バスで成田駅に戻って時間があったのでロータリーをぶらりとしているとミャンマーもしくはマレー系の人々が随分たむろっていた。おおよそ近隣のホテルの清掃や畑仕事などに駆り出されているのだろう。疲れた身体と寂しい心を同郷の皆で持ち寄ってなんとかうっちゃっているようだったが、その顔に笑顔は少なく、そうした彼らの手や腰や足でどうにか支えられているこの国の先行きは直に覚束なくなるのだろう。
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嫌な予感を振り払っていると、沿線で看板をよく見かけた和みの米屋が駅前にあったので銘菓ピーナツ最中を購入。、ピーナッツペーストがほのかに感じられ、それが品の良いコクを与える食べ飽きない一品で、その姿形が落花生のそれと全く同じであることも人気の一因なのだろう。
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ここから空港へ行く。飛行機も乗らないのに空港に行くというのは、幼少の頃、海外赴任に出る父の同僚の見送りに行った以来だろうと思う。その時は、まだ成田が開港してなくて羽田に行ったかすかな記憶が残っているが果たしてどうだったのだろうか。今回の目的は第1ビルにある山口晃の壁画を見ることで、機上の人になる訳でもなく、見送る相手もいないのに空港に行くことになる。
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いざ成田駅から空港に行こうとすると意外と電車が少ないし、妙にくねった鉄路を行くからスピードが出ずに随分かかる。ようやく到着した成田空港は一昨年香港に行った時には第3ターミナルにしか行かなかったので、十数年ぶりのことになろうかと思う。「北ウイング」という言葉が見えて、昔中森明菜がこのフロアから「北ウイング」を歌っていた番組の様子が脳裏に浮かび、なんともこそばゆい懐かしさに浸る。
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そんなだから、目当ての壁画は一向に見当たらず案内係に聞くはめに。そうしてようやく壁画とご対面。かなりの大きさで遠目で眺めたいのだが、椅子がずらりと並んでいてそれはかなわずやきもきする。しかし画伯の画の美点は細密な描きこみであって、それは接近して存分に楽しむことが出来た。
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写真二枚目左下が画伯本人と思われるが、これを探す「ウォーリー」的な楽しみ方もできるようだ。暇な時間を持て余す空港の待合らしい趣向で思わずニヤリとさせられる。

折角だから見送る人もないけれど展望デッキに出る。すると、間もなく社名が消えるバニラエアの機体が夕日に映えて滑走路に向かっていたので「お疲れさん」と見送ることにした。
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思いがけず見送る相手が現れた安堵感に包まれ、暮れゆく日にも別れを告げて帰路についた。
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2019年3月 8日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:掛川春色耽美行(上)

今年の春は暖かく、また家人は仕事が沸騰していて寄ると噴火しかねないから、三十六計逃げるに如かずと思い立ち二年ぶりで春の18きっぷ巡礼に出た。最初に選んだのは静岡掛川。そこからローカル線に乗ってかねがねいつかはと期していた秋野不矩美術館を目指す。久々に4時間近い乗車はなかなか骨が折れたが、小田原手前の酒匂川が朝日に煌く様子や田子の浦辺りの優美な富士の峰に励まされてなんとか掛川に着く。

まずは南口から市が運行するバスに乗り「資生堂アートハウス」へ。予想していた新幹線沿いの道ではなく、建物裏手に降ろされたので少し不安に思ったが、難なく敷地内に辿り着く。琳派様のうねる丘を挟んで企業資料館とアートハウスが並立していて、直線がピシリと決まった清潔な佇まいはやはり谷口吉生らしく、感銘を受けた「せとうち東山魁夷美術館」との相似も感じる。展示は社花である椿をモチーフとした作品群で、山口蓬春のものが流石の出来栄えで目を引いた。
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(沢山写真を撮ったが、途中で不具合が起き消えてしまった為、画像はネットから引用)

静謐な時が流れ、しかも無料という点も好ましく、この日は開いていなかった企業資料館の見学も充実の展示だというから、是非とも再訪したいと感じた。
新幹線の線路下の隧道を抜けて資生堂の向かいにある掛川市役所にも足を運ぶ。パラボラが突き刺さったような外観が特徴の建物は、中に入ると各フロアが階段状に現れるという凝った作りで、下から見上げると巨大な雛段のように見える。
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その壮大さに「新掛川城だな・・・」との感慨を抱いてから、役所の立つ丘を下ると天竜浜名湖鉄道の市役所前駅に。この格差がなかなか味わい深い。
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電車が来るまで、駅のベンチで掛川駅で買い込んだ「パンの郷」のクラウンメロンパンなどで腹を満たす。メロンパンは中にメロンクリームが入っていて意表を突かれたが、淡くメロンの薫りが漂う品の良いものでなかなかに美味しかった。
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そうこうしているうちに12時となったが、流石茶所、茶摘みの歌が流れて旅情を誘う。この路線は1両編成で、里山から里山へ進んでいくから、茶畑や畔の菜花、それに柴山や路地脇にぽつりぽつりと咲く早咲きの桜が次々と現れては消えて目を楽しませてくれる。
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その上、戦前からの駅舎が数多く残っていて、これもあって停車が苦にならない。ある駅などでは駅舎に子供の習字がずらりと並んでいて微笑ましい気持ちにすらなった。目的の天竜二俣駅はそれらの駅の総本山のようなもので、星霜を感じさせるホームや駅舎、それに現役の転車台もあってその道の好事家には堪らない聖地であるようだった。
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ここから川沿いの土手の春の花を愛でたりしている内に15分ほどでお目当ての秋野不矩美術館が見えてきた。そのアプローチは長くくねる急坂で、館は難攻不落の城のようにも見える。
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息を切らして上り詰めると、一目見たかった美術館の全景が広がる。
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ここは秋野女史が度々訪れたインドの土塊で作られた建物を模したもので、確かに異世界感があって心揺さぶるものがあった。この雰囲気を出すために、藁を混ぜ込んだ土を塗ったようで、近づいてみるとそれがよく判る。
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女史直々に建築家の藤森照信さんに依頼したというが、この出来には深い満足を得たろうと思う。展示は女史の作品を中心としたものだったが、展示スペースがさほど大きくないので数は少な目。それでも裸足で展示室に入ってもらい、土の雰囲気を足裏からも感じさせて、作品にシンクロしやすい趣向を凝らしていることから臨場感はかなり高く、なかなかの工夫に感じ入った。

この後、この町で生まれたという本田宗一郎の資料館に足を運ぶも休館とのことで、
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隣の清瀧寺で信長により切腹させられた家康の長男信康の悲運に思いを馳せ合掌してから、
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その幽閉先であった二俣城址へ。戦国時代の山城だったこともあって、急峻な階段を二度登る。城下公園脇の階段は生家近くにあった大階段を彷彿とさせて懐かしかったが、感傷に浸っていると足を踏み外しそうになるので、昇降に集中して難は逃れた。
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天守台から下を覗くと崖下に暴れ川で名高い天竜川がかなりの水量で下っていて、それを越えてもなお断崖絶壁になっているから、こちら側からの侵攻は事実上不可能であろう。その堅牢ぶりを窺い知ることが出来た。
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誰もいない城址を歩いているうちにふいに小学校五年生の頃に山岡荘八の「徳川家康」全26巻を踏破し、この二俣での信康と母築山殿の悲劇の場面では気が塞がった記憶が甦る。初めての地なのに妙に懐かしい感慨にふけりながら、恐る恐る階段を下って街に戻った。社宅で過ごしていた幼少の頃は飛ぶように階段を降りられたが、今はとてもできなくなっていた。随分老いたものだと少し寂しい思いがした。
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