2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

2019年12月11日 (水)

東急バス一日乗車券で師走に紅葉と名建築を楽しむ

代々木上原にある駒場公園内に旧前田家の豪奢な邸宅が残っていて、紅葉も楽しめるというので色々調べると東急バスを乗り継いでいけることが判明したので、例によって1日乗車券をチャージして出かけてみることにした。

駒場というだけあって、東大の施設が散在する通りを行くとその名も「代々木上原」というバス停があって、降りて1分ほどで公園に着く。森閑とした道を行くと、車寄せも備えた見事な洋館が現れる。
Dscn8489
Dscn8486
昨年整備されて一般公開され、あちこちで取り上げられていたがブームは一段落したようで、全然人を見かけない状態であちこちの部屋を覗く。
Dscn8508
Dscn8509
Dscn8500
この建物の建築費はどこから来たのか興味が湧くほど造りは本式で、いかにも貴族の館という風格を兼ね備えている。さすがは重要文化財に指定されているだけのことはある。
Dscn8512
Dscn8514
Dscn8497
Dscn8494
Dscn8513
その建物を独り占めしている時間がかなり長くて、大変贅沢な時を過ごせた。

隣には和館があって、そこは見事な紅葉の景色を備えていて、付書院はぼんやりと紅に染まっていて情緒深い。この環境なら一句詠んでも、上出来のものが誂えられるだろうと思う。
Dscn8516
Dscn8529
Dscn8524
Dscn8527
満足して近くの岬屋に向かう途中で、共にマスクのカップルとすれ違う。「俳優の青木某氏では?随分地味な奥さんだな・・・妊娠しているみたいだけど。」との感想が脳裏をよぎり、帰宅して調べたら相手は優香だということだった。

岬屋は細い路地にあるが、暖簾が揺れていてようやくそこだと気づく位小体な店でちょっと意外。元々工場がメインで、そこに直売できるスペースを作ったような雰囲気だった。

初霜は餡の中に栗餡と思われるものが包まれているが、味わいの諧調がほぼ変わらないのでその効果は判然としなかった。
Dscn8534
枯露柿は大福を柿に模したもの。中の餡の滑らかさと軽い口当たりは出色だった。
Dscn8537
黄身時雨はきんとんの様にも見えるが、かっちりとした造り。しかし餡はふんわりしていて、この辺りは最近評価が高い店に共通する仕上がりで人気があるのも頷ける。
Dscn8540
再び渋谷に戻って大井町行のバスに乗り、大崎広小路で降りて五反田の「亜細亜」へ。昼から少し奢って五目そばを頼む。「うちのは塩味ですが宜しいですか?」とミャンマー出身と見受ける店員が確認してくるあたり、よくしつけが施されていて安心感を覚える。そこまで気働きが行き届いているから、五目そばも良かった。
Dscn8533
凡百の店では火の通りが甘い人参や白菜がたんまり載っていて幻滅してしまうこともあるが、ここのはきちんと味が染みこんでいて、確かな具材にきちんと下拵えしてあるからそれぞれの味わいが際立っていていい。巻繊のような面白い具材もあって、値段相応の一杯だったからとても満足した。

食後、一旦帰宅した後、夜になって川崎までバスで出てGUの超大型店限定のブーツを2千円で買う。こういう機会がないとなかなか来れないから、GUには是非都内城南地区にも超大型店を開設して欲しいものだ。凡そ所期の目的は達成したので、駅に隣接したつばめグリルで一献。
Dscn8542
中々の距離を移動して(総移動距離41km)歴史ある建物に紅葉と和菓子、それから老舗中華に買い出しまで済ませて、満足感に浸りながら傾ける黄金色の液体は、思っていた通りの旨さでするりと胃の腑に流れ込んでいった。

最後に一句。 ”紅葉を 師走に愛でる 時来たり ”
・・・あの付書院の効果はそんなには無いようだ。

2019年9月22日 (日)

白露冷涼那須湯治3:黒磯明治屋・那須烏山矢沢のヤナ

行きには黒磯界隈で喫茶と買い出しをした。

【カフェイリス】
本当は二日目の昼を買おうと隣のパン屋の方を覗いたが、「おふっ」と息が漏れる値段だったので購入は見合わせ、バスが来るまで隣のカフェで時間を潰す。生まれて初めてラテアートが施されたカフェラテを飲むことになったが、オジサンには照れ臭いだけだった。酪農が盛んな那須の麓だけにもう少し牛乳のクリーミーさが利いていてほしかったところ。
Dscn8242
【明治屋】
春に購入して上生菓子が良かったので今回も宿で食べようと「桔梗」と「萩の花」を購入。いずれもしっとりふかふかの餡で口どけもよく品がいい。こちらは是非温泉饅頭だけでなく上生菓子も味わってほしい店だ。
Dscn8261
Dscn8264
帰りは那須烏山まで赴き、ヤナで鮎を食べて帰った。去年行ったひのきやは簗が設置されていなかったので、今度はそれが眺められるところがいいと探したところ、烏山駅11時22分着の列車に乗れば、30分発の市営バスですぐ近くの「滝田」まで行ける矢沢のヤナへ赴く。
Dscn8279
↑烏山駅前のロータリー。緑のバスが乗車した市営バス「馬頭烏山線」

まだ昼時には少し早い時間だからだいぶ余裕だろうと思ったら大甘で、食券を買う長蛇の列が出来ていて驚嘆するとともに覚悟を決める。
Dscn8292
押し寄せる客に人員が不足しているようで、入店して食券購入迄に25分、ビールは走り回る店員に直談判して30分、枝豆が来るまで45分、刺身は60分と全く遅々として進まないが、周りの地元民は慣れたもので根気強く待っている。
Dscn8282
Dscn8284
それほどまでに旨いのかな・・・と思って食べた鮎の刺身は今しがたまで活きていたようで卓に到着と同時に口をぱくりと開けたくらいだった。そうして9月に入っているから魚体も大きく、身に厚みがあってなるほど今まで食べた中では一番の歯応えで旨味も強い。人気の訳はこれか・・・と思って、遂に店内の自販機のビールを買ってきて塩焼を待つ体制に。

この辺りから帰りの列車の時間との戦いも始まる。13時15分のバスに乗って13時39分発の列車に乗らないと、3時間半近く待ちぼうけを喰らう。焦る我々の前に鮎飯の焼きおにぎりが来たのは入店から70分後の12時55分。
Dscn8286
Dscn8287
逸る気持ちを抑えつつかぶりつくと香ばしく焦げた米の薫りの深奥に焼鮎の香ばしさが忍んでいて、ごく品のよい出汁の風味と相俟ってすこぶる旨い。これは普通の鮎飯ではなくてこちらの方がずっと美味しい。

ここから焦れて焦れて堪らない時間が過ぎていき、遂に焼鮎が届いたのは入店から凡そ1時間半、13時12分過ぎ。
Dscn8290
Dscn8288
もはやバスは諦めてタクシー会社に配車を依頼してから鮎にかぶりつくと、1匹ずつ串にさして炭火で丁寧に焼かれたものだから、皮はパリッとしていて身はふんわり。そこにじんわりと鮎の旨味と微かな脂の風味が漂って思わず家人と顔を見合わすほどに旨い。ハフハフとかじりついては温くなりかけたビールで流し込み、あっという間に胃の腑に収めた。これが食べられるから、皆じっと我慢の子で待っているのだなと得心する味わいで甚く感じ入った。なんとかタクシーに乗って列車にも間に合ったし、なかなか記憶に残る一食になった。
Dscn8293

那須は涼しく鮎が旨い秋分前後に行くのが一番だと改めて思わされた小旅行だった。
Dscn8296

2019年9月21日 (土)

白露冷涼那須湯治2:那須湯本田中屋

那須湯本は三度目となるが、今回は続けて泊まった藤田屋が一杯だったので、至近の田中屋さんにお世話になることにした。丁度温泉民宿街の共同浴場「滝の湯」の裏手を少し上ったところで、トイレは共同と概ね湯治宿のスタイルを堅持している。
Dscn8258
しかし建物は新し目で、トイレも水洗だから不便なことは何もなかった。こちらは女将さんがとにかく気さくな方で、それだけで心が和まされた。

料理はボリュームがかなりあり、それでいて調理も整っているから食が進みすぎて困ってしまった。だいたい夜は肉と魚の主菜にしみじみ旨い野菜中心の惣菜が3品ほど、
Dscn8265
↑岩魚の腹に山椒味噌が忍ばせてあって、これが飯にも酒にも抜群の威力を発揮。実に旨かった。
Dscn8251
Dscn8248
Dscn8268
Dscn8271
加えて初日には松茸土瓶蒸し、二日目は松茸茶わん蒸しと季節ならではの品も出るから、酒もまた進んでしまって困ってしまった。
Dscn8252
Dscn8253
Dscn8272
それでいて〆には釜飯が待ち受けているから、嬉しい悲鳴しか上げられなかった。
Dscn8250
朝食は正しい宿の朝飯といった感じで、これまた美味しくて飯のお替りが進む。
Dscn8255
Dscn8275
結局二泊して2Kg太って帰ったから、身体を絞ろうとしている人は止めた方がいい。しかし、奇をてらわずしっかりと美味しい料理を存分に味わいたい向きには申し分ない宿だと思う。客筋も良くて満室だったが特段困ることもなく、朝に振舞われる自家焙煎の珈琲の馨しさも印象に残ったし、良い宿に巡り合えて幸運だった。

惜しむらくは「滝の湯」がいつ行っても混雑していたことだが、二日目、各宿のチェックイン前である正午過ぎに行ったら貸切状態で留飲を下げることが出来た。これは連泊したものだけの特権だと思われる。
Dscn8256

2019年9月20日 (金)

白露冷涼那須湯治1:”デパ地下列車”で黒磯へ

この夏は家人がひどく暑がりになり、9月に入るとどこか涼しい所へ行きたいというので、去年に続いて那須方面へ出かけることにした。

昼に東京を出て普通列車で黒磯まで行くことにし、JREポイントを使ってグリーン券を確保したので、行きの昼食は美味しい弁当をどこかで調達して・・・と考えたが、内幸町の「あと村」は既になく、他にこれといったものが見当たらずなかなか難航した。が、日本橋高島屋で「京都展」をやっていてそこに祇園川上が出店して御弁当を販売するというのでこれを途中下車して買い込み、上野東京ラインに乗り込む。
Dscn8295
催事の弁当だけに中身はどうかな・・・と思ったが、それは杞憂に終わった。季節を感じさせる品々がとりどり盛り込まれて、いずれもさすがの味わい。
Dscn8227
Dscn8231
家人と一品ずつドラフトしては食べ、グランスタで調達した「作」と「雨後の月」を呑んでは移りゆく車窓を楽しみ、列車旅の醍醐味を存分に堪能した。
Dscn8226
Dscn8229
この弁当には松茸ご飯がついていて、想像以上に松茸の量があったので秋の気配も濃密に感じることが出来て、それもあって満足度は高かった。
Dscn8233
家人が食べてみたいと購入した志の多寿司の稲荷も甘辛さが深い江戸の味で面白く、〆には高島屋だけに出店を構えるオーボンビュータンで買ったケーキを食べ、豊饒なる甘味の世界に溺れて大団円。
Dscn8234
Dscn8237
宇都宮までの二時間はあっという間だった。那須もしくは伊豆方面に行く際は、またこの「デパ地下列車」を運行させようと、すっかり味をしめた次第。

2019年4月12日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:東海道中花見酒(1)

今春の旅も愈々千穐楽。どこが相応しいか検討を重ねた結果、矢張東海道にしようと決めた。これまで素通りしてきた街道沿いに残る別荘建築の見物方々、百鬼園先生ゆかりの興津水口屋へ足を運び、時期を迎えた桜を愛でてから初鰹と静岡銘酒を存分に堪能しようと思う。

川崎駅に予定より早く着いたら、一本前の大船行に間に合ったので乗り込むと、残る停車駅は横浜と戸塚だけだから乗客も少なくいきなり座っていくことが出来た。これは幸先がいい。大船で乗り換え、国府津過ぎでは秀麗な富士も見え、朝から随分気分がいい。
Dscn7312
小田原で降りて乗り換えの箱根登山鉄道には少し時間があるので、駅前の守谷パンへ行って昼食と土産を買う。流石に行列はなかったが、先頭の三十がらみの男が一々パンの特徴を店員に聞き、逡巡しきりで渋滞は発生していた。その後彼はコッペパンを選んだが、そこに塗るペーストの種類を一々聞き出し始め、ついに店員に愛想を尽かされていた。日本の将来は矢張昏いような気がする。
Dscn7351
↑初めて購入したフランスパン。あんパンの外側をたっぷり食べたかった宿願が叶う。

パンを買い込み乗り込んだ登山鉄道は最早日本人は皆無で隔世の感がある。一駅先の箱根板橋で降りて目的地である「老欅荘」へ向かう途上、旧街道に出てこれも有名な「内野家住宅」に遭遇する。
Dscn7316
運営を担っていたまちなみ保存会から「この3月末をもって一般公開は終了した」との掲示があり、ここにも日本の足腰の弱まりを見た思いがする。

そこから細い路地を少し上ると老欅荘が見えた。門前の桜は今が盛り。
Dscn7336
ここを建てた松永耳庵は父が勤めていた会社の開創の人であるから、所縁がない訳でもない。近代三茶人の一人ということでさぞ所蔵の逸品が展示されているのかと思ったが、展示室に茶道具や掛け軸は少なく、またこれというものも無くて少し肩透かしを喰らう。後で調べたら大半のものは東京国立博物館に寄贈してしまったらしい。

その裏手の小山に登っていくと、名前の由来となった大欅が出迎えてくれ、更に行くと住み暮らした庵が静かに建っていた。
Dscn7331
Dscn7321
Dscn7324
入って右奥の茶室の向こうには桜が咲いていて、風が強かったから吹雪となって広間前の庭に降り積もり、なかなかの風情があった。この茶室を次の間から端坐して眺めると、薄明が差し込む様子が殊に美しく、日本家屋の神髄にわずかに触れた思いがした。

各部屋にはきちんと野花が活けてあって感心したが、池の畔のもう一つの茶室で熱心に作業してる係の方が「私が活けているんです」という。随分熱心に再訪を勧誘されたし、月に一度土曜日には気軽な茶会が開かれるというから次は時間を取って訪問することに決めた。
Dscn7327
Dscn7332
ここから東へ行くと、稀代の別荘偏執狂である山縣有朋の「古稀庵」があり、その裏手に腹心清浦圭吾の別荘があるというので、tweedeesマニアとしては足を運ばざるを得ない。(なお、大森山王にある「清浦坂」は訪問済み)
Dscn7337
↑途中竹林と竹垣が綺麗な細道を行く。

今は個人の御宅となっていて、公開日時は限定されているからそれに合わせて行ったつもりだったが、どうも庭仕事が入るようで公開されないようだったので、ここは次回にと踏ん切りをつけて駅に向かうことにする。
Dscn7338
↑古稀庵の門のみ写真に収める。

小田原駅まで戻ると想定よりも随分時間が余った。昼は守谷のパンと思っていたが、前から気になる「日栄楼」へ行って軽く餃子とビールで時間を潰すことにした。
Dscn3217
古びた扉を開けると店主らしき老爺がテーブルに陣取ってテレビを眺め、「どうぞ」と声をかけてきた。その卓には雑然と新聞や調味料が置かれ、うずたかく南瓜煮が積まれた鉢もあり、それを肴に飲み始めているように見える。
Dscn7342
やや荒れた雰囲気に大丈夫かなと恐れて待っていると、席の後ろからジュウジュウ焼ける音がする。なぜか餃子は厨房ではなく、入口横の狭いスペースで作られる仕様になっていた。待つことしばし、想定とはかけ離れた棒餃子が来た。
Dscn7345
こういう古くからの店が、流行りものに手を出して成功した験しはない。失意に暮れて一口食べると「シャクッ」と何とも軽い歯ざわりで餃子の皮が砕け散ると同時に香ばしさが鼻腔をくすぐる。そうして餡からはにんにくの風味が漂って、食い気を荒々しく刺激してくる。ハードルが下がっていたからか、これが抜群に旨い。こういう油で揚げる感じの餃子、例えば宇都宮餃子などは苦手な類のものなのだが、ここのものは別次元の軽やかさですいすいと胃の腑に消えていく。これは思わぬ出会いとなり、甚く満足して店を後にする。小田原市民におかれては、是非当店に足繁く通ってこの隠れた名物を墨守していただきたい。

気分も良くなって、二年前には蕾しか見られなかった城の堀端の桜を見に行くと、今日は通り抜けのようになっていて大変結構な景色になっていた。想定外の大収穫に満足して小田原を後にした。
Dscn7349
Dscn7346

2019年4月 6日 (土)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:愛馬邂逅常磐路(下)

凡そ九年振りとなるヘレナ国際乗馬クラブは併設されたゴルフコース共々偉容を保っていて安堵する。間に大震災が挟まっていることを感じさせず、よく整備された施設も記憶のままの姿だった。
Dscn7245
Dscn7248
厩舎に囲まれた角馬場で乗馬の装備をつけてしばし待つと、のっそりと彼が現れた。
Dscn7256
齢15歳となり随分老いただろうなと思っていたが肉付きも毛並みも上々で、それだけで倶楽部の方々に頭を下げたくなるくらいだった。早々に跨るとサラブレッドだけあってかなり高い。
Dscn7260
それでもお行儀の良さでは名高い彼だけに、途中イヤイヤをすることもなく、安心して騎乗した。体験乗馬は係の方が付き添ってくれるので、騎乗中ミストラルクルーズの話を色々と教えてくれる。曰く「利口な馬なので幼稚園児も乗せてるぐらいです」「年に1度、地元のお祭りの流鏑馬にもご指名がかかって参加してます」「倶楽部のパンフレットやCMにも出演して1番人気の馬です」「今でも出資されていた方が誕生日にリンゴや人参を送ってくださります。」「調教師の方も一度会いに来られました。」「騎乗が出来なくなっても功労馬としてずっとこちらでお世話すると思います。」「近況は倶楽部のブログで見られます」等々
Dscn7250
競走馬としては闘争心が少なく、主戦の藤田騎手に”ペットみたいな馬”と言わしめた素直な気性が乗馬としては有利に働いて、ここで皆に愛される日々を送っているというから何が幸いするか判らない。騎乗後首を撫でて「ホント、良かったな」と声をかけたらパーカーの袖に顔を擦りつけてきて、皆に愛される片鱗を見た思いがする。
Dscn7258
心根の優しい鈴木康弘調教師のご配慮と毎日欠かさず世話をして下さる倶楽部の方々にただただ感謝するばかりである。今度は遠乗りで一緒に海岸を歩こうと心に決めて倶楽部を後にする。(倶楽部のブログで彼が取り上げられた記事はこちらこち、さらにこちらなど)

植田駅近くにもなかなかの喫茶店があるようなので、愛馬に再会した興奮を鎮めようと足を運ぶ。エリーヤはいつかどこかで見かけたような外観で、中に入ると古びてはいるもののよく手入れされて整然としているから、空気の淀みは感じない。
Dscn7266
Dscn7267
一隅に席を得て、やっぱりここはクリームソーダだろうと注文する。お手製なのだろうか、布で作られたコースターがほのぼの感を醸し出す。少し暑いくらいの陽気になったから、独特の甘みときりっとした炭酸が喉に心地いい。
Dscn7268
後から来た親子連れも頼んでいたが、楽しげに話ながら緑色の液体を吸う姿を眺めるのはなんだかちょっといい。あんまりそうしていると訝しがられるので、溶けかけのアイスをかきこんで店を後にする。

近くに和菓子屋らしき店構えを見かけていたので行ってみるとやっぱりそうだったので、土産を買うべく中へ入る。ここ高月堂で驚かされたのはその値段の安さ。桜餅120円も見事だが、黄身しぐれが80円というのには驚かされた。桜餅は道明寺粉ではなくぼた餅のようにうるち米を半搗きしたものだったが、その鄙びた感じがかえって実直でよく、実際程よいむっちり感で美味しい。特筆すべきは桜葉の薫りで、箱を開けると鼻腔にふわりと春の香りが広がって実に良かった。
Dscn7309
黄身しぐれもほこほことした外としっくりした中のバランスが良く、甘さも調子が整っていて美味しいものだった。
Dscn7411
目について購入した「茶通」は焼いて香ばしさを増した茶葉がしっかりアクセントになっていて、なるほどこれは工夫したのものだなと感心した。
Dscn7292
おまけとして御煎餅もつけてくれるし、安いし旨いし心づくしでとてもいい店だった。

もう少しだけ時間があったので、五浦の方まで行ってみる。釣り方々鮟鱇を食べに行くことを企図した平潟港に寄ると、なかなか風光明媚で目当ての宿「砥上屋」は港の目の前という好立地だった。乗馬とうまく組み合わせて泊まるのも悪くない。
Dscn7272
Dscn7273
もう少し行くと五浦で、早咲きの山桜と土筆が迎えてくれた。
Dscn7275
Dscn7278
今日再びの太平洋はやはり雄渾で、胸がすく思いがする。
Dscn7283
Dscn7279
そろそろ時間が来たので勿来に戻って車を返し、ホームに入ると西日に照らされて茜さす時間になっていた。
Dscn7297
列車はほぼ無人のまま進んだが途中そばかすがチャーミングな女子二人組が前に座り、しばらく行った駅から私服生活が始まったばかりらしい男子三人組が一席空けて並んで座り、時折話しかけながらぎこちなく過ごしている。そう、その一席分が遠いんだよなと思う。

勝田を過ぎて水戸に入る手前では見事な夕陽が現れてしばし見蕩れる。
Dscn7304
常磐線のいいところは幹線道路が並走していないので、日が暮れるときちんと夜の闇が降り積もるところにある。遠い山の稜線や雑木林の木々の枝が影絵のようにくっきりと姿を現して、それはそれで静かな美しさがある。
Dscn7305
あたかも車窓が藤城清治の世界になったかのようで、夢幻の闇を進んでいく感じが味わえていい。ある駅など、突然人の足がにゅっと現れて、闇の深さが偲ばれた。都内にいるとなかなか味わえない風景であって、次に訪れる際にも帰りは宵の口にしようと思っている内に品川に着いた。
Dscn7294

2019年4月 1日 (月)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(下)

宇都宮から東北本線をさらに北上して黒磯まで行った。遠く那須山系はまだ冠雪していて、東京は桜が満開間近という時節、この辺りではまだ梅が満開だった。凡そ二週間ほど季節が戻ったような具合で、なんだか少し得した気にもなる。

駅近くのカワッタ家でレンタサイクル(100円!)を借りて東へ2㎞ほど行ったところにある「皆幸乃湯」へ行くと、入口に救急車が止まっていたが、よくあることのようで従業員も大広間で寛ぐ客も落ち着いたものだった。
Dscn7197
ここの湯はPH値が高く、トロトロまではいかないが肌がツルッキュツルッキュして気持ちいい。露天風呂には石垣があり、その隙間から松が生え、その向こうには竹林と梅・桜の木があり、季節季節の景色を愛でながら入れる趣向になっていて好ましい。打たせ湯もあったので、背骨のツボをほぐしたら随分気持ちが良かった。

さっぱりして大広間でしばし休憩する。
Dscn7195
皆さんまったりと過ごされていて、時折床から声が聞こえると思ったら、座卓を挟んで寝転びあう老婆が薄暗い卓の下でお喋りしているのが可笑しい。

黒磯駅に戻って列車に乗る頃には日が傾いて、行きがけに見かけた梅達には茜が差し色気が随分増していた。少しく艶冶な気持ちになって宇都宮に戻り、一杯飲んで帰ることにする。老舗のふくべはごくこじんまりした店で、カウンターに潜り込むのに苦労していたら、お隣が椅子をずらしてくれて助かった。
Dscn7202
そういう優しい空気は店の方の細やかな接遇に感化されたもののようで、名物のもつ煮を頼むと「小サイズにいたしましょうか?」と声をかけてくれたり、飲み物を追加する度に「ありがとうございます。」と丁重に礼を言われたり、隣のカウンター席が空いたら「狭いでしょうからもう少しこちらに」とスペースを作ってくれたり実に心細やかに対応してくださって恐縮した。

そういう店だから、どれを頼んでも申し分なく美味しい。名代のもつ煮は生のニラの鮮烈な香りがアクセントとして利いていたし、お新香の盛り合わせも歯応えよく瑞々しくて口をさっぱり洗う任を十分に果たしてくれた。
Dscn7200
Dscn7199
Dscn7201
そろそろ日も沈んでご常連の時間となるだろうから、早々に辞去した。荒っぽいイメージの北関東の、しかももつ焼き屋で柔和な気持ちになって店を出ることになるとは思ってもみなかった。なかなかに稀有な店である。
Dscn7203
帰りは宇都宮から通勤快速に乗ったら、上野まで1時間半で着いて随分楽だった。知らず知らず中々の乗り手になりつつあるのかしらん・・・とほくそ笑んで行先案内の写真を撮っていたら、ホームの客に怪訝な顔をされて我に返った。
Dscn7205
翌日。黒磯駅前の「明治屋」で買った桜酒饅頭は薄桃色でいかにも春らしく、また皮がつややかで美しい。
Dscn7212
酒種と桜の香りがややかち合って整理されていないものの、そこは饅頭で名を馳せる店だけあって、皮はもっちり餡はしっくりしていて美味しかった。また練り切りも色合いといい造形といいなかなか優れていてこちらも申し分なかった。(家人が「替わり目」ばりに”食べちゃった”ので写真はない)

一方、宇都宮駅で買った濱田屋の上生菓子は流石の品格があって唸らされる。桜を模った練り切りは繚乱たる姿を彷彿とさせ、春の水景を模ったものは外郎のふわもちっとした食感と白餡の品の良さが、清冽な雪解け水を想起させて心も緩む。
Dscn7207
Dscn7211
正直消化試合感のあった旅程だったが、思わぬ収穫があって満足の行くものとなった。

2019年3月31日 (日)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:往還湘南新宿ライン(上)

18きっぷ旅の御伴はやはり内田百閒の「阿房列車」以上に好適なものはない。読んでいて旅の途上の自らと百鬼園先生とが入り混じって紙上を走っているのか線路上を走っているのか定かではない瞬間があって、その忘我の感じがたまらない。

けれども先生が心浮き立たせて乗車した一等車の感じがなかなか味わえずどうしたものかと思案したところ、長距離をグリーン車で移動すれば擬似できるのではないかと思い付いた。生来の貧乏性から「できるだけ長く乗るには・・・」と調べたところ、湘南新宿ラインの始発が逗子から出ているとのことで、一旦南下してから終点の宇都宮までグリーン車で行くことにした。

逗子で用事を果たさないのは勿体ないとここでも貧乏性が発症して、屈指の高級住宅街披露山にある公園から富士と桜を眺めようと、駅前からバスに乗る。
Dscn7178
時間のない忙しない旅程だったが、秒速10㎝でしか歩けない御老人の乗降で相当に時間がかかったりして、急峻な披露山を速足で登ることになり、朝からゼイゼイ言ってようやく頂上に着く。
Dscn7179
しかしここは海風が冷たいからか桜は咲いておらず、期待の富士の峰も見当たらない。そうしてよくよく目を凝らすと春霞が富士山を秘匿してしまっていた。
Dscn7182
↓期待していた景色はこのようなもの

View this post on Instagram

🐻kuma grizzly🍓さん(@graph_7plus)がシェアした投稿 -



Dscn7181
↑展望台眼下には豪壮な住宅が数多ある。どれが小田和正のでどれが松任谷由実のなのかは知らない。


ある意味壮大な神隠しを見れたのは稀有なことだと積極的に理解して、早々に下山して駅へ戻る。この山の住人はもはや自分の足で山の昇降が叶わぬと見えて、朝から老人一人を乗せたタクシーが頻繁に通る。麓に降りるとドアミラーがユニオンジャックになったミニがビュンと行く。いずれにも気恥ずかしさを覚え、この辺りがあまり逗子葉山を好きになれない訳なのだと気付く。

駅に戻ると乗ろうとしている列車の発車五分前で慌てる。「グリーン券はJREポイントで交換したものを駅の券売機でスイカに読み込ませるように」となっていたが、慌てていて普通にグリーン券を購入してしまい焦ってしまう。改札で事情を話したら、即返金してくれたので再度挑戦したら無事発券されたので急いで乗車する。
Dscn7183
朝からゼイゼイドタバタと続いたが、矢張り欲張ると碌なことにならない。

グリーン車は大して乗り心地は良くないだろうと思ったら、意外なことにとても快適だった。
Dscn7184
↑SUICAを使った着席システムが洗練されていていい

二階席からの車窓はいつもと違った視座になり、大船の線路沿いの水景は初めて見られたし、慣れ親しんだ御嶽山駅の交差も下からの眺めをきちんと堪能できて、乗車1時間半で荒川を越えて行くまで飽きずにあっという間に時が過ぎ、自分でも驚く。
Dscn7188
走行音が不思議なリズムなのも面白い。「タタタタタタ」というスタッカートを利かせた細切れの拍子で、機械時計の秒針のようでもある。さながら自分の移動している時間が鉄路に刻まれているように聞こえ、耳に障らぬ絶妙な通底音が心地よく、百鬼園先生の気分に肉薄したという事も相俟って高揚感に包まれた。

その後埼玉を抜け栃木に入ると畑ばかりが続く景色になり、
Dscn7190
阿房列車の御供であったヒマラヤ山系氏の著作を読んでさらに気分に浸っていると、
Dscn7185
もう宇都宮に着いてしまった。JR東日本の計らいでこれが追加料金600円相当で楽しめたのは誠に有難かった。
Dscn7193

2019年3月29日 (金)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(下)

内房線を北上する。時々チラチラ見える内房の海は優しげな表情で、行こうと思っている大貫の海もそうであってほしいと願う。
Dscn7123
1時間ほどで駅に着くと、いかにも昔風の駅舎で嬉しくなる。
Dscn7145
ここから南に15分ほど歩くと大貫海岸に到着。
Dscn7128
季節にキス釣りでも・・・と思っている地で、宿の候補であるさざ波館と目の前の釣具屋の様子を覗いてから砂浜に出る。
Dscn7129
外房とは一線を画す嫋やかな波の音が草臥れ果てた脳と身体に優しい波動を送って、身をゆだねると砂浜と同化してしまいそうだったから、それを避けるべく突堤に向かい尖端で胡坐をかいてただただ霞む春の海を眺める。
Dscn7131
Dscn7135
するとこんどはくぐもった海にぐちゃぐちゃの脳と身体を預けてしまいたい欲求がさざ波のようにひいては返すので、念の為突堤のコンクリートに爪を立てておく。そんな気を紛らわそうと、千倉の小間惣で購入した菓子折を開いて、おはぎをパクつく。海沿いで食べたからだけではなく、餡にしっかり塩気が施されているようで、確かに海の街の餡の味がした。
Dscn7136
千倉ではくっきり晴れていた空は薄曇りになったが、ひねもすのたりのたりするには好都合で、海への同化欲が治まってからは呆けたように小波が寄せるのを眺めた。
Dscn7134
いい加減に飽きて駅に戻る道の途中では雲が重く垂れこめてきて、また頭のずぶずぶ感が昂進してきて難渋するが、大貫駅の線路わきの野の花が心を和ませてくれたのでどうにかやり過ごせた。
Dscn7142
Dscn7126
また内房線を北上して木更津で乗り換え久留里を目指す。
Dscn7147
近々自らの誕生日を迎えるので、そのための主肴として名産のホンモロコとお気に入りの銘酒福祝を手に入れようという算段だったのだが、モロコを扱っていた魚屋が店を閉じてしまっていて調達は叶わなかった。隣の藤平酒造の直売所で聞いたら、少し前から休業状態とのことで残念。やむなくここで「福祝本醸造生槽口しぼり」を購入し、駅近くの観光案内所で和菓子用の黒文字のようじを買って駅へ行く。
Dscn7152
Dscn7151
用事があっという間に済んでしまい、駅で30分以上向うに見える見事な白い木蓮を眺めては、偏頭痛の波を腹式呼吸で迎撃するも概ね劣勢でぐったりしてしまう。そんな状態だったので木更津から千葉に着いた際、京葉線のトラブルで隣の番線の列車に乗ることに心変わりして階段を下っていったら足を踏み外して、危うく派手に転倒するところだった。苦心惨憺の旅だったが、「さしたる目的がない旅に無理して出かけると碌なことにならない」という教訓を得ることは出来たので良しとする。

さて、数日後、自らの誕生を祝う膳を整えたが、先述の通り主肴と目していたホンモロコが不在であるのに加え、家人も遠来の先輩に誘われて呑み会に出かけてしまい、結果「独宴会」ということになった。それでも念を入れて買ってきた鰹の焼津造りや筍・蕗・湯葉・弾けたらこの炊いたのなど、春を感じる肴を揃えて買ってきた「福祝」を飲んだら、これがぴちぴちと新鮮極まりない佳酒で、旨くて旨くて盃をあげる手が止まることを知らない。
Dscn7154
Dscn7168
Dscn7166
Dscn7169
そうしてそれが旨過ぎるがゆえに、どうしようもない寂寥感が押し寄せてきて処理に困る。これから先はこういう風なのかな・・・と思って蕗の薹の白和えを口に入れたら、いつにも増して苦みが強く感じられて閉口した。

2019年3月27日 (水)

東京から18きっぷで行く日帰り旅:春光散々朦朧房総(上)

子供の頃、夏になると海水浴をしに房総の千倉に家族で出かる習慣が数年続いた。平成になる直前に行ったのが最後で、思えばそれが家族そろっての旅行の最後だったように思う。平成も御仕舞となる機にどうなっているのか見てみようと出かけることにした。

しかし生憎前夜の天候が荒れ、そうした夜に訪れる不眠症状が放っておいてくれず、半睡半醒を倦むまで繰り返し朝を迎えてしまう。起きがけ動けてしまったので出かけたが、すぐに失速して目を開けているのが面倒なくらい脳がずぶずぶしている。列車では気が立って眠れない性質だから挽回することも出来ず、目をつむって引き続き半睡半醒、まんじりともせず内房を南下する。そろそろ木更津というところで目を開けたら、少しだけ脳のずぶずぶが引いていたので、降りて館山行を待つことにする。
Dscn7087
↑ホームに珍しい軽食の自販機が

30分ほど行くと往時フェリーを降りてから乗り込んでいた浜金谷駅に着く。客が立て込むだろうと見込んでいたが、今はアクアラインがあるからこれまでの駅と同じく1-2名が乗り込んでくるくらいで寂しい。いつだったか、帰りがけに大きな地震があって随分立ち往生した保田も過ぎて、また目を閉じ30分揺られて館山に到着する。
Dscn7092
Dscn7094
いかにも温暖な気候らしい駅の雰囲気で好ましいが、こちらの脳は相変わらずグチャついていて、そこから引き揚げてきたふにゃふにゃの地図は判読も難しく、目当ての「伊勢屋」の一本手前の筋を曲がってしまうという失態を犯し、ようやく見つけた時にはまた脳が重ったるくなっていた。
Dscn7089
手早く旨そうな三種大福盛、それに房総名物太巻きと興味をひかれた鶏めし握りを買った。そうまでしたのに、これらを食べる事は叶わなかった。千倉へ向かう車中、またまた半睡状態だったものだったから、千倉駅に到着した時に朦朧としていて座席に餅や飯の入った袋を置き残してしまった。駅の跨線橋でそれに気づき、今日の昼飯とお八つを乗せた列車を見送る気分はいいものではない。
Dscn7122
駅員に事情を話すと「鴨川で保管するようにしましょう」というので「ここから鴨川までどれ位かかります?」と聞いたら「30分ですね」という。次の列車は1時間半後だから、太巻を取り返すのに2時間かかる。戻ってくるのも優に1時間は下らないだろう。もはや大仕事になってしまう。鴨川からここまで折り返しの電車で持ってきてもらえないかな・・・と淡い期待を抱いたがそんな申し出は全く脳裏にはない様子だったので、「では見つけたら処分してください。餅と太巻が入ってます。」とだけ伝えると「はあ」とヒマラヤ山系君のような心許ない返事。鉄道の職員は時代が移り変わってもこんな感じのものかなと思って、構内の観光協会でレンタサイクルを借りに行くと、電動しかなく1,000円だと言う。ここでも当てが外れ、なんだかクサクサした気持で駅前に出る。
Dscn7119
Dscn7120
最近整備されたようで、まったく馴染みがない。父が駅前の土産店で外国産の貝の煮貝を高値で買って失敗した記憶があったが、そんなだからか無残な廃墟となっていた。悪どい商売は身を滅ぼすことをまざまざと知る。

ぐったりして重たい身体を乗せるのだから、結果論だが電動自転車で良かった。何しろ駅を出て漕げども漕げども海が見えず、うぐいすがホーホケキョホーホケキョと鳴くばかりで一向に要領を得ない。脳内の地図は相変わらずふにゃふにゃのままだし、飯は無くすし、行けども行けども海の気配はないし、それともまだ夢を見ているままなのかな・・・と訝しがる頃になってようやく砂浜が現れる。
Dscn7100
Dscn7118
大体千葉の海はなかなか姿を現さず愛想が悪い。そうしていざ会ってみると波が逆巻いていて愛嬌がない。波間にはラッコのようにぷかぷかと黒いサーファーたちが浮かんでいて目に障る。脳が色々あってフリーズしていて感興を催す空き容量がなく、ついて出るのは悪態ばかりで我ながら情けなくなる。

早々に目的を果たして御免蒙ろうと懐かしい港に着いたら色々思い出して、臍の曲がりも少し直る。
Dscn7101
Dscn7102
↑ウマヅラハギを見釣りした岸壁。土産にカワハギの干物をよく買ったことも思い出した。

隣接する磯には海水プールがあったはず・・・とそこに向かうと無残な姿が。
Dscn7109
Dscn7110
Dscn7103
↑生まれて初めてメジナを釣った磯

しかも鮑や栄螺の密猟が絶えないようで、監視カメラにずらっと取り巻かれている有様。ウロウロしていて事案化しても面白くないので、この近くにあった定宿の民宿を探すが、意外と道が入り組んでいてそれらしき建物が見当たらない。それどころか、あちこちに空地があって、目当ての民宿も更地になっている可能性も高まる。記憶のとっかかりになるものもなく、当てなく住宅地をぐるぐる回っていると、泥棒の下見にでも思われそうだったから、一旦諦めてとりあえず南の平磯の花畑へ進路を変える。

途中花大根の白い花と磯と海というなかなかそぐわない風景が続いて、いよいよ夢かなと思うが日差しがジリリと頬と額を焼くから、夢ではないようだ。
Dscn7104
そんなこんなで平磯につくと、花畑は点在するものの、それを眺める公園や休憩所は見当たらない。
Dscn7108
Dscn7107
畑の真ん中でぼうっと立っていて、花泥棒と思われても面白くない。したがって、滞在2分で折り返し千倉駅へ。

途中、もう一度漁港から「ここかな・・・」と思った道を上がると果たして定宿に行き当たる。今は閉鎖してしまったようで門は閉ざされていた。
Dscn7112
向かいのカップヌードルの自販機が置いてあった釣具屋は、ガソリン配送の拠点に変わってしまっていた。
Dscn7113
とにもかくにも所期の目的を果たして、ぐったりした身体を抱えて電車に乗り込んだ。もちろん、大福と太巻が帰ってくることなどなかった。千倉に通ったあの頃がもう二度と帰ってこないのと同じ道理である。
Dscn7121

より以前の記事一覧